調査報告書(概要版)

 2016年12月26日



                                2016年12月26日
 公益社団法人日本将棋連盟 御中

                              第三者調査委員会
                              弁護士 但木敬一
                              弁護士 永井敏雄
                              弁護士 奈良道博

 当委員会は、貴連盟からの下記第1の3の委嘱事項について、調査を実施し、その結果をとりまとめ、2016年12月26日付で貴連盟に対し報告書を提出した。本書は、かかる報告書の概要版である。

【目次】
第1 当委員会の概要
 1 当委員会の設置の経緯
 2 当委員会の構成
 3 当委員会への委嘱事項
第2 調査期間、調査の対象及び手法
 1 調査期間
 2 調査の対象
 3 調査の手法
第3 調査の前提及び限界
第4 事実経緯等
 1 連盟の概要及び棋士との関係等
 2 将棋ソフトについて
 3 本件処分に至るまでの事実経緯
 4 電子機器及び将棋ソフトの使用状況に関する三浦棋士の供述内容
第5 本件調査事項①についての調査結果及び結論
 1 本件電子解析の結果及びその評価
 2 本件一致率等分析の結果及びその評価
 3 本件映像分析の結果及びその評価
 4 本件対局分析の結果及びその評価
 5 本件調査事項①についての結論
第6 本件調査事項②についての調査結果及び結論
 1 本件処分の妥当性について
 2 連盟の連盟所属棋士に対する規律の在り方
 3 本件処分の妥当性
 4 本件調査事項②についての結論
第7 本調査を踏まえた当委員会の提言

 別紙1:本件ヒアリング対象者一覧
 別紙2:受領資料、データ一覧
 別紙3―1:本件電子解析項目及び手法
 別紙3―2:将棋GUIアプリケーション、将棋ソフト、
       リモートデスクトップアプリケーション一覧
 別紙4:本件一致率等分析の条件及び手法

 ただし別紙1~別紙4は非公表とする。

第1 当委員会の概要

1 当委員会の設置の経緯

 公益社団法人日本将棋連盟(以下「連盟」という。)は、連盟に所属する棋士(以下「連盟所属棋士」という。)である三浦弘行氏(以下「三浦棋士」という。)について、連盟が主催する棋戦(以下「公式戦」という。)の対局中に、電子機器等を使用して、アプリケーションソフトウェア等から得た情報を用いるという不正(以下「本件不正」という。)を行ったのではないかという疑惑(以下「本件疑惑」という。)がある中、休場の意向を示したにもかかわらず休場届が提出されなかったこと、竜王戦及びその前夜祭が迫っており関係者への影響が甚大なこと等を理由に、2016年10月12日に、同棋士に対し、同日から同年12月31日までの出場停止処分(以下「本件処分」という。)を行った。
 しかし、その後、連盟としては、三浦棋士がかかる不正行為を行ったのかどうか、かかる処分が妥当であったのかどうかについて、第三者に客観的かつ中立的な立場から調査を依頼する必要があると判断し、2016年10月27日、但木敬一弁護士を委員長とする第三者調査委員会(以下「当委員会」という。)の設置を決め、その後、後記第1の3の調査事項を委嘱した(以下、当委員会による調査を「本調査」という。)。

2 当委員会の構成

 当委員会は、将棋連盟及び三浦棋士のいずれとも利害関係のない下記の3名で構成されている。

  委員長  但木敬一  森・濱田松本法律事務所・弁護士
  委員   永井敏雄  卓照綜合法律事務所・弁護士
  委員   奈良道博  半蔵門総合法律事務所・弁護士

 当委員会は、調査の中立・公正を期す観点から、2010年7月15日付日本弁護士連合会策定の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン(2010年12月17日改訂)」に可能な限り準拠して組成、運営されたが、本調査が特定の個人に対する不正疑惑についての調査であり、手続きの公平性及びプライバシーに特別の配慮を払う必要があったこと、連盟が棋士の集団からなる自律性の高い組織であること等から、同ガイドラインに完全に準拠したわけではない。
 また、当委員会は、その補佐として、奥田洋一弁護士、山内洋嗣弁護士、白坂守弁護士、増田慧弁護士、大西良平弁護士、金山貴昭弁護士(いずれも森・濱田松本法律事務所所属)を選任し、当委員会の職務の補助を委託した。

3 当委員会への委嘱事項

 当委員会は、連盟から、以下の①及び②の事項の調査とともに、①の全部又は一部の事実が認められた場合又は②について妥当性を欠くことが認められた場合には、原因究明及び再発防止策の提言を行うよう委嘱を受けた。

 ① 三浦棋士が、公式戦の対局中に、スマートフォン等の電子機器を通じてアプリケーションソフトウェア等を使用し情報を得て、それを自らの対局に用いた事実の有無(以下「本件調査事項①」という。)

 ② 連盟の三浦棋士に対する本件処分の妥当性(以下「本件調査事項②」といい、本件調査事項①と本件調査事項②を総称し「本件調査事項」という。)

第2 調査期間、調査の対象及び手法

1 調査期間

 当委員会は、本件処分による出場停止期間の終期が2016年12月31日までであること等を勘案し、同月26日までに調査できた事項を前提に判断を行うことを決定し、同日をもって、本報告書を連盟に提出するものである(以下本調査開始から同日までの期間を「本件調査期間」という。)。

2 調査の対象

(1)本件調査事項①の対象

 当委員会は、本件調査事項①について、連盟からの委嘱内容、本調査の過程で判明した事実、とりわけ、三浦棋士による不正を疑う者の指摘を踏まえ、具体的に疑惑の対象となっている対局が、本件処分前の三浦棋士の対局のうち、連盟所属棋士である久保利明氏(以下「久保棋士」という。)、丸山忠久氏(以下「丸山棋士」という。)及び渡辺明氏(以下「渡辺棋士」という。)を対局相手とする以下の4局(以下「本件4対局」という。)であること(疑惑を持った者は対局相手とは限らない(*1)。)、具体的な疑惑の対象となっている本件不正の態様が以下の手法であることを確認し、これら4局を調査の対象とすることが適切と判断した。これは、三浦棋士のこれまでの全ての対局についてあり得る全ての態様の疑惑の有無を短期間で網羅的に調査することは事実上不可能であり、また、本調査開始の経緯等からすれば、上記のとおり、具体的な疑惑が生じている範囲内で調査をすることで足りると考えたからである。

(*1) 例えば、後記3(1)で述べる本件ヒアリングにおいて、丸山棋士は、三浦棋士が対局中に不正を行ったとの疑いは持たなかったと述べているように、疑惑を持った者は対局相手とは限らない。

【調査の対象とした対局(本件4対局)】
日付公式戦名対局相手
2016年7月26日竜王戦 決勝トーナメント久保棋士
2016年8月26日竜王戦 挑戦者決定三番勝負第2局丸山棋士
2016年9月8日竜王戦 挑戦者決定三番勝負第3局丸山棋士
2016年10月3日名人戦 A級順位戦渡辺棋士

 本報告書では、それぞれ「久保戦」、「丸山戦第2局」、「丸山戦第3局」、「渡辺戦」と呼称する。

【調査の対象とした不正の態様】
・対局中に、スマートフォン等の電子機器にインストールしたパソコン遠隔操作用アプリケーションソフトウェア(以下「リモートデスクトップアプリケーション」という。)を操作し、パソコン上にインストールされた将棋GUIアプリケーションソフトウェア(以下「将棋GUIアプリケーション」という。)及び将棋ソフト技巧(以下「技巧」という。)を用いることによって(*2) (*3)、候補手(*4)等の情報を得て、自らの対局に用いる行為(*5)(以下「本件不正行為①」という。)。
・対局中に、スマートフォン・パソコン等の電子機器を操作し、当該電子機器にインストールされた将棋GUIアプリケーション及び技巧を用いることによって、候補手等の情報を得て、自らの対局に用いる行為(以下「本件不正行為②」という。)。
・対局中に、第三者が将棋GUIアプリケーション及び技巧を用いて得た候補手等の情報を、スマートフォン等の電子機器による通信(電子メール、ショートメッセージ等)を用いることにより、当該第三者から得て、自らの対局に用いる行為(以下「本件不正行為③」といい、本件不正行為①から③を総称して「本件不正行為」という。)。

(*2) 将棋ソフトとは、候補手の検索・検討や対局評価値算出等を行うアプリケーションソフトウェアであり、技巧もその一つであり、将棋エンジンとも呼ばれる(以下単に「将棋ソフト」という。)。なお、対局評価値とは技巧が算出した対局者の優勢劣勢を示す値であり、互角であれば0、先手が優勢だと+の値、後手が優勢だと-の値で示されるものである(以下「対局評価値」という。)。

(*3) 将棋GUIアプリケーションとは、パソコンやスマートフォン等で動作するアプリケーションソフトウェアであり、将棋GUIアプリケーション上で技巧等の将棋ソフトを参照させることにより、将棋ソフトに対局、検討等を行わせることができる。逆に言えば、技巧等の将棋ソフトは、通常、単体で用いられるアプリケーションソフトウェアではなく、「将棋所」や「ShogiGUI」といった将棋GUIアプリケーション上で用いられる。
 このことは、スマートフォン等の携帯用電子機器で、将棋ソフトを使用しようとする場合も同様であり、まずはスマートフォン等の携帯用電子機器に専用の将棋GUIアプリケーション(例えば、ShogiDroid)をインストールし、その上で、将棋ソフトをダウンロードし、かかる将棋GUIアプリケーション上で対戦させたり、局面を分析させたりすることになる。
 加えて、リモートデスクトップアプリケーションをスマートフォン等にインストールすれば、スマートフォン等を使って、自宅等にあるパソコン上の将棋ソフトを遠隔地から操作することができる。第4で後述するとおり、技巧についていえば、スマートフォンで技巧を使う場合は分析能力が落ちるが、リモートデスクトップアプリケーションを用いることによりパソコンで技巧を使った結果をスマートフォンで得ることができる。もちろん、この場合には、スマートフォンとパソコンのインターネット通信が発生するため、通信環境等の影響を受けることにはなる。

(*4) 候補手とは、ある局面を将棋ソフトに分析させたとき、その将棋ソフトが次の指し手の候補として示す手である。設定によって、複数の候補を評価の高い順に表示させることも可能である。

(*5) 本報告書では対局中に将棋ソフトを用いて得た情報を用いて対局を行う行為一般を「ソフト指し」と呼称することもある。

(2)本件調査事項②の対象

 本件調査事項②については、連盟と連盟所属棋士の関係、本件処分に至る事実経緯等を調査した上で、本件処分の妥当性を検討した。

3 調査の手法

(1)ヒアリングの実施及び関係書類の分析

 当委員会は、三浦棋士による不正の有無及び本件処分に至る事実経緯等を調査する目的で、連盟の理事、連盟所属棋士等に対し、別紙1のとおり、ヒアリング(以下「本件ヒアリング」といい、その対象者を総称して「本件ヒアリング対象者」という。)を実施した。また、当委員会は、本件処分に至る事実経緯及び本件不正行為の有無等を調査する目的で、連盟及び三浦棋士並びに本件ヒアリング対象者等から関係資料の提出を受け、そのうち別紙2の書類について本件調査事項に対する判断の前提とした。

(2)電子機器の解析

 当委員会は、仮に、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為を行っていたとすれば、本件不正行為①であれば、三浦棋士のスマートフォン等にリモートデスクトップアプリケーションがインストールされた痕跡、本件4対局中のスマートフォン等とパソコンの起動乃至通信の痕跡等が、本件不正行為②であれば、三浦棋士のスマートフォン等に将棋GUIアプリケーションがインストールされたり技巧がダウンロードされた痕跡等が、本件不正行為③であれば、三浦棋士のスマートフォン等にメール等のやり取りの痕跡等が残存する可能性が高いと考え、三浦棋士の代理人弁護士(以下「三浦棋士代理人」という。)に対し、以下の電子機器の提出を依頼し、以下の電子機器の提出を受けた(以下、提出を受けた電子機器を「本件電子機器」と総称する。)。
 なお、三浦棋士代理人によれば、当委員会から提出の要請を受けた電子機器に該当する電子機器は、提出期間中の代替機とするために、本件4対局の最終対局日の翌日である2016年10月4日以降に契約されたスマートフォン2台を除けば、以下のとおり提出を受けた電子機器のみであるということである。

【提出を要請した電子機器】
・三浦棋士が契約名義となっている、スマートフォンを含む携帯電話機
・三浦棋士の家族が契約名義となっている、スマートフォンを含む携帯電話機
・三浦棋士・その家族以外が契約名義となっているが、三浦棋士が2016年1月1日から同年10月3日(*6)までに使用したことのある、スマートフォンを含む携帯電話機
・未契約又は解約済み等のスマートフォンを含む携帯電話機で、三浦棋士が2016年1月1日から同年10月3日までに使用したことのある携帯電話機
・三浦棋士が使っていた(三浦棋士自身が所有権者であるか否かを問わない。)パソコン(タブレット等を含む。)

(*6) 本件ヒアリング等によれば、本件疑惑が具体的に生じたのは2016年7月以降であること、本件4対局の最終対局日が同年10月3日であること等から、同年1月1日から同年10月3日に使用したことのある携帯電話機を対象とした。「未契約又は解約済み等のスマートフォンを含む携帯電話機で、三浦棋士が2016年1月1日から同年10月3日までに使用したことのある携帯電話機」についても同様である。

【提出を受けた電子機器】
・三浦棋士が契約名義であるスマートフォン1台
・三浦棋士の配偶者が契約名義であるスマートフォン1台
・三浦棋士が使用していたデスクトップパソコン2台、ノートパソコン2台
・三浦棋士の配偶者が使用していたデスクトップパソコン1台、ノートパソコン1台
・三浦棋士の母が使用していたタブレット1台

 当委員会は、本件電子機器の解析には専門的な技術を要することから、かかる専門技術を有すると考えられた株式会社FRONTEO(以下「FRONTEO」という。)に対し、2016年11月17日に、別紙3―1のとおり、解析を依頼し、同年12月21日にその解析結果を得た(以下、かかる分析を「本件電子解析」といい、FRONTEOによる報告書を「本件FRONTEO報告書」という。)。

(3)一致率等の分析

 本件ヒアリングによれば、本件疑惑の根拠の一つとして、本件4対局における三浦棋士の指し手と技巧が示す指し手の一致率(*7)の高さが挙げられていたことが認められる。また、本件ヒアリングにおいては、一部の連盟所属棋士から、プロ棋士であっても一定のミスを犯す(悪手を指す)ことが通常であるところ、本件4対局に関しては悪手が少なすぎ、それゆえ自力で指しておらず、将棋ソフトを用いているのではないかという趣旨の疑惑も指摘された。そこで、当委員会は、本件調査期間において可能な範囲で、三浦棋士等の指し手と技巧が示す指し手との一致率、技巧による分析を元にした悪手数・悪手率(*8)(以下、一致率と悪手数・悪手率を総称して「一致率等」という。)の本件不正行為認定における有用性の検証及び一致率等の分析を実行することとした。
 具体的には、当委員会は、本件ヒアリングにおいて、同じ条件で分析を行ったとしても、技巧が示す指し手は同一になるとは限らないとの意見を得たところ、仮にこれが事実であるとすれば、そもそも一致率等が本件不正行為の認定に有用でない可能性があると考え、一致率等が本件不正行為の存在を裏付ける根拠たりうるか検証するべく、疑惑のある本件4対局について、別紙4に記載されている一定条件の下で、技巧で10回ずつ分析させ、それぞれの分析結果と三浦棋士の指し手を比較分析した(以下「本件一致率等分析①」という。)。
 併せて、当委員会は、本件4対局の一致率等と本件4対局以外の三浦棋士の対局あるいは他の連盟所属棋士の対局の一致率等との間にどの程度の差異があり、本件4対局の一致率等が本件不正行為を認定する根拠となるのかを検証するべく、本件4対局の対局者である三浦棋士、久保棋士、丸山棋士及び渡辺棋士に、それ以外の連盟所属棋士で2016年11月21日時点(FRONTEOへの分析依頼日)におけるタイトル保持者(郷田真隆氏(王将)(以下「郷田棋士」という。)、佐藤天彦氏(名人)(以下「佐藤(天)棋士」という。)、羽生善治氏(三冠)(以下「羽生棋士」という。))、さらに、それ以外の連盟所属棋士で2015年度A級順位戦上位5名であった連盟所属棋士(佐藤康光氏(以下「佐藤(康)棋士」という。)、行方尚史(以下「行方棋士」という。)、及び屋敷伸之氏(以下「屋敷棋士」という。))を加えた10名(以下、個別に又は総称して「棋譜分析対象者」という。)による公式戦のうち、2016年10月3日までに実施された直近の35対局(合計350局。以下、個別に又は総称して「分析対象対局」という。)について、当該棋士の指し手と技巧が示す指し手を比較分析した(以下「本件一致率等分析②」という。本件一致率等分析①と併せて、「本件一致率等分析」という。)。
 本件一致率等分析の過程においては、膨大な棋譜データを電子機器に取り込み、前提条件を揃えて分析を行うという専門的技術を要することから、当委員会は、かかる専門技術を有すると考えられたFRONTEOに対し、2016年11月21日に、かかる分析を依頼し、同年12月21日に結果の最終報告を受けた。
 本件一致率等分析の条件・手法については、別紙4のとおりである。

(*7) より具体的には、技巧が示す候補手の中で最も評価値の高い指し手(言い換えれば、対局評価値を最も上昇させる一手であり、以下「最善手」という。)と実際の指し手が一致する確率であり、以下単に「一致率」という。

(*8) 技巧の分析に基づき、対局評価値を一定数以上不利にした手を指した回数を「悪手数」といい、手数に占める悪手数の割合を「悪手率」という。

(4)対局映像分析

 当委員会は、本件4対局のうち2016年10月3日のA級順位戦(*9)以外の3局については、対局室における対局者の様子を映した映像(以下「本件対局映像」という。)が連盟に残存していたため、その提供を受けた。そして、かかる映像を視聴することにより、三浦棋士の本件4対局中の離席状況等について分析を行った(以下、かかる分析を「本件対局映像分析」という。)。
 本件対局映像は、将棋盤及び記録係を中心に対局を真横から撮影したものであり、2名の対局者の離席を含めた挙動を見て取ることができるものである。ただし、久保戦の一部(対局開始から約2時間)について、天井から盤面を映した映像しか残存していない部分がある。

(*9) 本件4対局のうち渡辺戦の対局映像が残っていないのは、竜王戦である残りの3局と異なり、そもそも対局時の録画自体行われていなかったためである。

(5)本件4対局の対局分析

 本件経緯の過程及び本件ヒアリング等においては、特定の連盟所属棋士又はそれ以外の将棋に一定の造詣がある者から、本件4対局における、三浦棋士の特定の指し手及び感想戦における発言に関し、これらの指し手等自体が人による指し手とは考えづらいこと及び指し手等と技巧が示す指し手とが一致すること並びに同棋士の離席状況等指し手に付随する状況を考え合わせると、三浦棋士が自力で指したとは考えづらく、本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘(以下「指し手等に関する疑惑の指摘」という。)がなされた。
 そこで、当委員会としては、指し手等に関する疑惑の指摘について、事実関係を確認するとともに、指摘には高度な将棋知識を要する内容も含まれていたことから、可能な範囲で、見識の高い棋士を含む連盟所属棋士に対する本件ヒアリングの中で見解を聴取し(*10)、その結果を分析した(以下、かかる分析を「本件対局分析」という。)。

(*10) かかる聴取の対象としたのは、久保棋士、郷田棋士、佐藤(天)棋士、佐藤(康)棋士、千田翔太棋士(以下「千田棋士」という。)、羽生棋士、丸山棋士、渡辺棋士の8名の棋士である。

第3 調査の前提及び限界

 当委員会は、本件調査事項を遂行するべく努力を尽くしたものの、本調査は、その性質上、次の(1)~(6)に掲げる前提及び限界に服するものである。

(1)連盟及び本件ヒアリング対象者等が、当委員会に開示・提出した書類は全て真正な原本又はそれと同一性を有する写しであること。
(2)連盟及び本件ヒアリング対象者等が、当委員会に開示・提出した情報・データは全て真正かつ正確なものであり、改変等されていないこと。
(3)当委員会が、文書・データの一部のみの開示を受けたものである場合において、かかる一部の文書・データは、当該文書・データ全体の内容を適切に反映しており、当該文書・データ全体についての誤解を生じさせるものではないこと。
(4)連盟及び本件ヒアリング対象者等が、本報告書において明示的に記載された事項を除き、当委員会の検討対象となった事項について重大な影響を及ぼす情報の開示を留保したことはないこと。
(5)本報告書は、連盟による本件に関する事実確認及び原因の究明並びに再発防止策の提言のみを目的として作成されたものであり、それ以外の目的のため使用されることを予定していないこと。
(6)本報告書は、連盟以外の第三者により依拠されることを予定しておらず、当委員会は連盟以外の第三者に対し何ら責任を負うものではないこと。

 また、本調査は、もっぱら本報告書に記載されている調査、すなわち、本件ヒアリング、連盟及び本件ヒアリング対象者等から提供を受けた電子機器、資料・データ等の分析、評価に依拠するものであり、当委員会がこれら以外の情報により検証を行ったものではない。
 加えて、当委員会は、本調査は、本件調査期間という短期間で行われたものであり、本件電子解析、本件一致率等分析及び本件映像分析については一定の客観的証拠を用いた分析ではあるものの、その分析手法及び範囲並びにこれらの客観的証拠が存しないものに関する事実認定は、概ね本件ヒアリングという供述証拠に依拠しており、かかるヒアリングはあくまで本件ヒアリング対象者の任意の協力に依拠したものであるため、本調査による認定、評価には限界があり、かかる結論の完全性を確約できるものではなく、過誤や脱漏等を完全には免れるものではないことを付言する。
 最後に、本調査には、電子機器の解析、データ分析及び将棋等に関する専門的な知識が必要であったところ、当委員会としては、電子機器の解析、データ分析の専門的な知識についてはFRONTEOによる成果物に依拠し、将棋の専門的な知識については連盟所属棋士からのヒアリング等に依拠したことも併せ付言したい。

第4 事実経緯等

 本調査により判明した事実のうち、本件調査事項にかかる判断の前提とした事実及び三浦棋士からのヒアリング結果等の概要は以下のとおりである。

1 連盟の概要及び棋士との関係等

(1)連盟の概要

 連盟は、1924年9月8日に東京の棋士が団結して「東京将棋連盟」を結成した後、改称・改組等を経て、2011年4月1日には公益社団法人となった。
 連盟は、将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与することを目的とする公益社団法人である(定款第3条)。
 連盟は上記目的を達成するため、棋戦の主催、全国各地での大会や国際的な対局の開催、セミナー・育成その他連盟の目的を達成するため必要な事業を行っている(定款第4条)。このように、連盟は、公益社団法人として、上記の各事業を行っているところ、公式戦を共同主催する企業からの契約金等により運営されている。
 連盟の意思決定機関のうち常務会は週に1回程度開催され、理事会決議事項を除く連盟の業務等に関する意思決定を行っている。本件処分時の常務会の構成メンバーは、会長である谷川浩司氏(以下「谷川会長」という。)、専務理事である青野照市氏(以下「青野専務理事」という。)、常務理事である東和男氏(以下「東常務理事」という。)、片上大輔氏(以下「片上常務理事」という。)、佐藤秀司氏(以下「佐藤(秀)常務理事」という。)、島朗氏(以下「島常務理事」という。)、中川大輔氏(以下「中川常務理事」という。)、理事である井上慶太氏(以下「井上理事」という。)、杉浦伸洋氏(以下「杉浦理事」という。)の9名(*11)である。なお、杉浦理事以外は全員連盟所属棋士である。
 常務会の決議の方法については特段の定めはなく、会議体の基本原則によるものと認められる。ただし、日程が合わない等の理由により常務会に出席できない理事がいる場合には、常務会で決議した後に欠席した理事に報告し、追認を得る運用がなされている。

(*11) 東常務理事以下について、50音順。本報告書では、同じ役職の者、連盟所属棋士の氏名については、原則として50音順を用いる。

(2)連盟と連盟所属棋士の関係

 連盟は、連盟の目的に賛同し入会した者で日本将棋の伝統を存続し、普及発展を図るため棋力が一定の水準に達したことを理事会で確認した棋士、女流棋士を正会員とし、正会員をもって一般社団法人及び一般財団法人に関する法律上の社員としている(定款第5条)。連盟所属棋士は個人事業主である。
 連盟は、連盟所属棋士が連盟の名誉を毀損し、又は連盟の目的に反する行為をしたとき、連盟に対して不正の行為をしたとき、除名すべき正当な事由があるとき等に該当すると認めるときは、総会の決議をもって連盟所属棋士を除名することができる(定款第9条)。また、連盟は、総会員の同意があれば、特定の会員の会員資格を喪失させることもできる(定款第10条)。
 連盟所属棋士は、連盟から公式戦への参稼に応じた報償金等(賞金、対局料、その他謝金)を支給される(定款第36条、参稼報償金取扱要領第4条)。この中には、各連盟所属棋士の実績に応じて、毎月支給される定額の参稼報償金というものが含まれ、連盟所属棋士にとっては固定収入となる(以下単に「参稼報償金」という。)。
 連盟から連盟所属棋士に対し支給される参稼報償金等は、主に公式戦を共同主催するスポンサー企業との契約金等を原資としている。

(3)公式戦について

 現役の連盟所属棋士にとって、公式戦の対局は第一の公務であり、定められた公式戦はすべて出場しなければならない(対局規定第2章総則第1条)(*12)。
 連盟は、スポンサー企業とともに公式戦の運営等を行っている。公式戦は年間を通じて実施され、多数存在する連盟所属棋士がうまく参加できるよう、タイトル戦を含む複数の公式戦の日程が折り重なりあうようにして組まれている。
 連盟所属棋士がかかる公式戦を休場する場合には、その理由(病気・留学・公職等)と期間を記した休場届を常務会に提出しなくてはならず、常務会の受理により、休場が認められると定められている(対局規定第4章第3条)。
 公式戦の中にタイトル戦は複数存在するが、その中で、以下、下記3で述べるとおり本件経緯に深く関わる竜王戦は、連盟と株式会社読売新聞東京本社(以下「読売新聞社」という。)が共同主催するタイトル戦である。竜王戦は、連盟の公式戦の中で最も賞金額が高く、最高棋戦とされている。
 竜王戦七番勝負は将棋会館ではなく、日本各地で対局が行われる。2016年の竜王戦七番勝負は、同年10月14日に前夜祭(対局者による挨拶等が行われる)、同月15日及び同月16日に第1局が行われ、最終の第7局は同年12月21日及び同月22日に行われるというスケジュールであった。

(*12) 公式戦のうち、全連盟所属棋士が参加しなければならない公式戦は、竜王戦、王位戦、王座戦、棋王戦、王将戦、棋聖戦、朝日杯将棋オープン戦、銀河戦、NHK将棋トーナメントであり、フリークラス棋士以外の全連盟所属棋士が参加しなければならない公式戦が名人戦(順位戦を含む。)である。

(4)対局に関するルール

ア 対局一般に関するルール

 連盟の連盟所属棋士の公式戦における対局行為については、対局規定という規定が存在し、かかる規定は、将棋道の普及と愛棋家の模範たるを目的としている(対局規定第1章)。また、対局規定に記されていない条項は、常務会が判断・措置するものとされている(対局規定第1章第2項)。
 また、対局規定内規1及び3には、テレビ棋戦に遅刻した場合の処分(主催テレビ局への謝罪、該当棋戦の翌期出場停止、始末書の提出、罰金の支払等)や不戦敗の場合の処分(始末書の提出、対局料の没収、該当対局主催者への謝罪、誓約書の提出、該当棋戦の翌期出場停止等)が記載されている。

イ 電子機器の利用に関するルール

 電子機器の利用に関するルールは少なくとも2004年以降存在したが、連盟は、常務会の決定により、2015年10月1日から、対局開始から終局までの間、休憩時間も含め、対局者は電子機器(携帯電話・スマートフォン・タブレット・パソコン等)を使用してはならないこと、対局中は必ず電源をオフにし、各自の責任で管理するものとするが、着信音が鳴った場合は処分の対象となること、他人の電子機器で自己の対局中継を観る等、不正を疑われる行為も厳に慎むべきものとすること、本規定に違反があった場合は常務会がその内容を調査し、裁定することとすること、初回は厳重注意、2回目からは対局料相当の罰金等の厳しい処分を前提とすること等を定めた「電子機器の取り扱いに関する規約」を施行した。

ウ ルールに違反した連盟所属棋士に対する処分例について

 連盟の連盟所属棋士に対する2005年以降に確認された8件の処分例の中には、電子機器の取り扱いに関する例は見当たらない。なお、処分理由については明文の規定があるものの(対局規定内規)、処分内容については半年間の公式戦出場停止、罰金100万円、罰金のうち一部を対局相手に支払う、ファンへの奉仕活動1日等明文上規定されていないものもある。

2 将棋ソフトについて

 近年、将棋ソフトの棋力の向上が目覚ましいことは、近時の電王戦の結果にも表れている。
 数ある将棋ソフトのうち、技巧は、2016年の世界コンピュータ将棋選手権で準優勝した棋力の高い将棋ソフトである。技巧は、2016年6月1日頃、6月1日バージョンが一般公開され、その後、同年6月6日頃、若干の問題点を修正等した6月6日バージョンが一般公開され、誰でも自由にダウンロードできるようになっている(以下、6月6日バージョンの技巧を「6月6日公開バージョンの技巧」という。)。また、技巧については、2016年7月上旬頃に、スマートフォンで使えるバージョンの技巧が公開されるなどし、パソコンのみならずスマートフォンでも技巧が使えるようになった。ただし、スマートフォンで技巧を使う場合、電子機器自体の処理能力の問題も有り、パソコンで技巧を使う場合よりも分析速度が落ち、結果的に同じ分析時間であれば、パソコンで用いる技巧の方が棋力が高くなる。
 棋士の多くは将棋ソフトを使用して、公式戦への準備や対局終了後の分析等に用いている。

3 本件処分に至るまでの事実経緯

(1)本件疑惑の発生経緯

 三浦棋士は、1992年に連盟所属棋士となり、現在は名人戦・順位戦においてA級に属している棋士である。
 三浦棋士は、2016年7月26日、将棋会館で開催された第29期竜王戦決勝トーナメントにおいて、久保棋士と対戦し、勝利した(*13)。この対局時、久保棋士は、三浦棋士が、夕食休憩後という終盤において、しかも自分の手番で午後6時41分から7時12分までの31分間も継続して離席したほか(*14)、他にも離席が見られたことなどから強い不信感を抱いた。ただし、本件映像分析の結果では31分間にわたる離席という事実は認められない。
 久保棋士は、かかる誤った認識を元に、2016年7月29日に開催された関西月例報告会(*15)において、対局中に電子機器を使う不正(いわゆるソフト指し)があり得るからその規制をすべきという提言を行い、その中で、ある棋士が自分の手番時に約30分間も離席したことから、不審に思い、会館内を探したが見つからず、対局後に検証したところ、当該離席後の指し手と将棋ソフトが示す指し手とが一致したという事例を紹介した。久保棋士は、この報告会の場では、この事例が三浦棋士との対局(久保戦)であると述べなかったものの、後日、東常務理事に、三浦棋士との対局についての発言であったことを伝え、このことは谷川会長にも報告された。

(*13) 久保戦の棋譜によれば、久保戦は、2016年7月26日午前10時00分に開始され、同日午後9時52分に終了した。

(*14) 久保棋士は、当時時計を確認していたとのことであり、本件ヒアリングでも、かかる時刻を明言した。

(*15) 谷川会長、東常務理事等の理事に加え、11名の連盟所属棋士が参加した。

(2)本件疑惑に対する連盟の対応

ア 2016年8月4日の常務会及び本件電子機器取扱通知の発送

 その後、2016年8月4日に開催された常務会において、久保棋士が同年7月29日の関西月例報告会で指摘した、対局者が約30分間も離席した事例が同月26日の三浦棋士との対局であったことが報告された。久保棋士の上記申告を重く受け止めた連盟は、同じ2016年8月4日の常務会において、「対局時における電子機器の取り扱いについて」と題する通知書(*16)(以下「本件電子機器取扱通知」という。)を、全ての連盟所属棋士及び女流棋士に送付することを決定し、同月8日付で、実際に送付した。本件電子機器取扱通知は、全ての連盟所属棋士及び女流棋士に対して送付したものではあるが、実際には、三浦棋士に対する警告という意味合いも含むものであった。さらに、常務会は、三浦棋士が丸山棋士と対局する竜王戦挑戦者決定三番勝負について、三浦棋士の行動を監視することを決めた。
 本件電子機器取扱通知は、ソフト指しを含む不正が許されないことはもちろん、プロの棋士が、ソフト指しをしているのではないかという疑い自体を将棋ファンにもたれないようにするために、対局中のむやみな長時間の離席、宿泊室やホテルへの立ち寄り等を控えるべきことが読み取れる内容であった。
 三浦棋士も、2016年8月上旬には、本件電子機器取扱通知を受領した。三浦棋士によれば、本件電子機器取扱通知については、対局中にソフトを使っているという疑惑を持たれること自体が望ましくなく、そのために長時間の離席を控えるべきという内容は理解したとのことである。その上で、三浦棋士としては、どれくらいの離席が長時間の離席に当たるのかを観戦記者に相談するなどして、10分以上の離席が長時間の離席と判断し、以後、10分以上の離席をできるだけ控えるようにしたとのことである。

(*16) 本件電子機器取扱通知には、「また他人の電子機器で自己の対局中継を観る等、不正を疑われる行為も厳に慎むべきものとする。」と定められた上で、「この規定に違反があった場合は常務会がその内容を調査し、裁定することとする。」と記載され、また、「特にコンピュータソフトが実力を伸ばしている昨今、プロ棋士も各人が強い自覚を持ち、ファンに畏敬の念を持って対局を観ていただけるよう、襟を正していかねばなりません。」、「上記にもある通りですが、場合によっては厳しい処分の対象となります。」、「マナーとしても良くないですし、万一対戦相手やファンにあらぬ疑いを与えることがあっては、将棋界の未来はありません。」、「将棋界の存亡に関わる重大な問題です。」などの記述があった。

イ 竜王戦挑戦者決定三番勝負及びその後の経緯

 竜王戦挑戦者決定三番勝負は、2016年8月15日、同月26日、同年9月8日に、三浦棋士と丸山棋士の間で実施され、第1局(以下「丸山戦第1局」という。)は丸山棋士が、第2局及び第3局は三浦棋士が勝利し(*17)、2勝1敗で三浦棋士が渡辺竜王との竜王戦七番勝負への出場を決めた。
 上記のとおり、上記3局については、第1局については青野専務理事と杉浦理事が、第2局については中川常務理事、佐藤(秀)常務理事、杉浦理事が、第3局については島常務理事と杉浦理事が、それぞれ夕食休憩後の三浦棋士の行動を監視した。その結果、いずれの対局においても、三浦棋士の対局中の離席は多かったものの、竜王戦挑戦者決定三番勝負が行われた「特別対局室」のある将棋会館4階以外に行くことはなく、不審な行動は確認できなかったため、三浦棋士の行動確認はひとまず終了させることとした。また、対局した丸山棋士によれば、三浦棋士とのこれらの対局中、三浦棋士にソフト指しを疑わせる等不審な行為はなかったとのことである。
 さらに、連盟は、本件電子機器取扱通知にもあるように、疑惑をもたれること自体が望ましくないという考え等から、2016年9月20日に開催された常務会において、竜王戦七番勝負で金属探知機を導入すること、荷物検査を行うことを決定し、電子機器による不正防止の強化を図った。この過程で、挑戦者である三浦棋士も、かかる措置について確認を求められ了承した。
 その後、2016年9月26日に約60名の連盟所属棋士が出席した東西合同月例報告会が行われ、電子機器の取り扱いについて、竜王戦七番勝負で検査を実施することになったことを踏まえ、普段の対局でも実施するか、新たな規制を設けるか等について話し合いが行われた。三浦棋士は、かかる報告会の場で、実施した方が疑われずに済むので対局に集中することができると述べた(*18)。また、同報告会で、検査の実施及びその内容について出席者にアンケートを実施することになり、かかるアンケートの結果、大多数が今より厳しい規定を作るべきという意見であることが確認された。現に、連盟は、2016年10月5日、これらの議論を踏まえ、対局時の電子機器使用に関する新しい内規(*19)を同年12月14日から施行することを連盟所属棋士及び女流棋士に通知した。

(*17) 丸山戦第2局の棋譜によれば、丸山戦第2局は2016年8月26日午前10時00分に開始され、同日午後9時24分に終了した。同様に、丸山戦第3局の棋譜によれば、丸山戦第3局は同年9月8日午前10時00分に開始され、同日午後8時20分に終了した。

(*18) この報告会の議事録には、三浦棋士が「私たちがファンに疑われずに済む、私は疑われること自体が心外、対局前に余計なことを考えるよりは、いっそ丸裸にしてもらった方がすっきりして竜王戦に打ち込める」という旨の発言をしたと記載されている。三浦棋士によれば、同報告会時点においては、ソフト指しを疑われている、何人かのうちの一人に自分が含まれているという認識を持っていたが、疑いが自分のみに生じているという認識はなかったとのことである。

(*19) 内規は、対局者は対局開始前に電子機器をロッカーに預け、対局中は電子機器を使用することを禁止すること、もし対局中の使用が発覚した場合、除名処分を含めた処分の対象とすること、対局者は対局している間、将棋会館より外出禁止とすること等を定めたものであった。

ウ 渡辺戦及びその後の経緯

 三浦棋士は、2016年10月3日、名人戦A級順位戦において、渡辺棋士と対局し、三浦棋士が勝利した(*20)。渡辺棋士は、この対局中に、三浦棋士の離席数が多いと感じたが、ソフト指しをされたという印象は持たなかった。
 しかし、翌日以降、観戦記者との意見交換、将棋ソフトに詳しい千田棋士らとの意見交換、自らの技巧を用いた検証等により、三浦棋士の離席の多さや、三浦棋士の指し手と技巧の指し手との一致率に基づく疑惑を深め、さらに久保戦についての情報を得ていたこと等から、三浦棋士が渡辺戦でソフト指しをしたのではないかという疑いが確信に近づいた。
 また、同時に、渡辺棋士は、三浦棋士がソフト指しをしているという疑惑が2016年10月中旬に発売される週刊文春に掲載されるという情報を掴んでおり、このままでは、同月15日から始まる竜王戦七番勝負の開催中に記事が掲載され、そこで初めて疑惑が出るとなると、竜王戦が大混乱し、関係者に大変な迷惑を掛けるのみならず、竜王戦ひいては将棋界全体の信用が失墜すると考え、同月7日、島常務理事に連絡し、連盟の理事、連盟所属棋士で集まって会合を行うことを求めた。

(*20) 渡辺戦の棋譜によれば、渡辺戦は、2016年10月3日午前10時00分に開始され、同日午後9時32分に終了した。

(3)本件処分に至る経緯

ア 10月10日の会合

 2016年10月10日、島常務理事の自宅に、谷川会長、島常務理事、佐藤(天)棋士、佐藤(康)棋士、千田棋士、羽生棋士、渡辺棋士が集まった(以下「本件10月10日会合」という。)。これらの連盟所属棋士の中には事前に当日どのようなことが議論されるのか知っていた者もあれば、全く知らなかった者も含まれる。また、全員が集まった段階で、関西にいた久保棋士が電話で参加し、スピーカーフォン機能を用いて全員と会話できるような形で、2016年7月26日の三浦棋士との対局(久保戦)での疑惑について上記(1)の誤った認識を元に説明した。続いて、渡辺棋士及び千田棋士から、三浦棋士の指し手(三浦棋士が感想戦で述べた内容を含む。)と技巧の示す指し手の一致率、離席の状況、三浦棋士が、研究会仲間である三枚堂達也氏(以下「三枚堂棋士」という。)から聞いてリモートデスクトップアプリケーションを使ってパソコン上の技巧をスマートフォンで遠隔操作する方法があることを遅くとも2016年夏頃までに知ったこと等について述べ、三浦棋士がソフト指しをしている疑いがあることを説明した。併せて、渡辺棋士から、竜王戦七番勝負第1局の次週に本件疑惑に関する記事が週刊文春に掲載される旨が説明された。
 参加した棋士の中には、上記のとおり、渡辺棋士と千田棋士がそこまでいうのであれば三浦棋士が不正をしたのではないかという疑念を示す意見、その場で初めて聞いた話でもあり疑わしいものの結論は出せないという意見、疑念を払拭するために三浦棋士本人から話を聞くべきではないかという意見等もあった。また、本件10月10日会合が理事会や常務会ではなく(参加メンバーには理事でないものも多く含まれる)、非公式の会合であったこともあり、結論というべきものはなかった。しかし、他方で、本件10月10日会合において、本件疑惑の内容を否定する者もまたおらず、連盟としてはその事実を重く受け止めざるを得ない状況であった。
 そして、連盟が、本件疑惑に迅速かつ的確に対応せずに、三浦棋士を竜王戦七番勝負に出場させ、週刊文春の記事により初めて本件疑惑が明らかになれば、それだけで連盟の自浄作用が疑われ信用が失墜することになる。その上で、仮に本件疑惑が事実であることが判明すれば、連盟や連盟所属棋士、関係者を含めた将棋界全体にとって取り返しのつかない事態になることから、かかる事態を回避するため、竜王戦七番勝負の開催が迫っていることを受けて、早急に対応することとなった。具体的には、翌日2016年10月11日の常務会に三浦棋士を呼び、聴き取りを実施するとともに、本件10月10日会合において、三枚堂棋士が三浦棋士にリモートデスクトップアプリケーションを使ってパソコン上の技巧をスマートフォンで遠隔操作する方法があることを教えたという話が出たことから、三枚堂棋士にも聴き取りを実施することになった。
 島常務理事は、本件10月10日会合の後、三浦棋士と電話で話し、三浦棋士にソフト指しの疑惑(本件疑惑)がかかっていることを伝え、翌日午後1時からの常務会に参加することについて了承を得た。なお、三浦棋士によれば、かかる島常務理事からの電話での話により初めて、(ソフト指しを疑われている何人かのうちの一人に自分が含まれているということではなく、)自分のみにソフト指しの疑惑がかかっていることを認識したとのことである。

イ 10月11日の常務会

 2016年10月11日、午後1時からの三浦棋士からの聴き取りに先立ち、連盟で常務会が開催された。常務会は、常務会のメンバーの間で本件疑惑の内容を共有するためのものであった。当該常務会には、谷川会長、佐藤(秀)常務理事、島常務理事、中川常務理事、杉浦理事及び渡辺棋士が出席し、関西から東常務理事、井上理事もテレビ電話で参加し、少し遅れて片上常務が出席した。渡辺棋士が三浦棋士に関する本件疑惑の概要について、理事に約1時間かけて説明した。その後、三浦棋士に対する聴き取りが始まるまでの間、島常務理事及び杉浦理事が、三枚堂棋士から聴き取りを行い、三枚堂棋士から、スマートフォンを使ってパソコン上の将棋ソフトを遠隔操作する方法があることを三浦棋士に教えたがダウンロードはしていない旨の回答を得た(*21) (*22)。
 その後、同日の午後1時頃から、三浦棋士が常務会に参加し、三浦棋士からの聴き取りが実施された。この常務会には、青野専務理事、千田棋士も参加した。
 本件ヒアリング等によれば、常務会における三浦棋士からの聴き取りに関する事実関係は以下のとおりである。
 まず、冒頭三浦棋士から録音の可否を諮り、参加者が同意した(*23)。その後、渡辺棋士及び千田棋士から、三浦棋士に対し、主に本件4対局について、三浦棋士の指し手(感想戦での読みの内容を含む。)と技巧が示す指し手との一致率等を示しながら、長時間の離席や頻繁な離席を繰り返した理由について質問がなされた。これに対し、三浦棋士は、離席については体調が芳しくなかったこと等の理由を説明し、また、自らが指した手が技巧が示す指し手と一致していたとしても、自らが指した手はプロ棋士なら自力で考えることができる手であり、一致率等はソフト指しの不正を行った根拠にはならない旨等の説明をした。また、三浦棋士は、久保棋士が指摘した久保戦における約30分間の離席という誤った前提に基づく質問に対し、その事実を否定することなく、将棋会館4階にある休憩室「桂の間」(以下「桂の間」という。)で休もうとしたところ、同部屋内で先輩棋士が囲碁を打っていたため横になりづらく、守衛室に行って体を休めていた等不合理な弁解に終始した。かかる説明については、守衛室は周囲の目が及ばず、対局中の棋士が守衛室に行くことはまれなことであり、棋士が通常休むのは桂の間であるため、常務会に参加していたメンバーは不合理な弁解であるとの印象を持ち(*24)、本件疑惑を解消するどころかその疑いをより深めることとなった。
 こうしたやり取りの中で、三浦棋士は、このような状態では将棋を指すことはできないとして、しばらく休場をしたい旨を申し出た(*25)。
 また、三浦棋士は、かかる聴き取りの場において、自らのノートパソコン2台(*26)と自らのスマートフォン(*27)を連盟に預けると述べ、ノートパソコン2台についてはその場で連盟に預けた。また、自宅にあるデスクトップパソコンについても、三浦棋士の自宅まで来てくれるのであれば預ける旨、スマートフォンも代替機を入手した上であればその場で預ける旨の発言をしたため、常務会の後、連盟職員が、三浦棋士と同行して、携帯電話販売店に向かうことになった。

(*21) 実際に三浦棋士がいつ頃この方法を知ったのかについては、当委員会としては、本件ヒアリング等を総合考慮し、遅くとも2016年の夏頃までに知ったと認定した。

(*22) 三浦棋士によれば、三枚堂棋士からこの話を聞いたことがあることは事実であるものの、本件対局中に、スマートフォンを使ってパソコン上の将棋ソフトを遠隔操作していないことはもちろん、そもそも、そのために必要なリモートデスクトップアプリケーションのインストール自体を実行していないとのことであり、また、本件電子解析によれば、三浦棋士のスマートフォン(本件スマートフォン)からリモートデスクトップアプリケーションは検出されなかった。

(*23) ただし、後述するとおり、三浦棋士による録音は何らかの理由で失敗しており、録音はなされなかった。

(*24) 第5の3で後述するとおり、本件映像分析によれば、三浦棋士が、久保戦において、60手目の4二歩を指す前に、自分の手番で約30分間離席した事実はない。したがって、この手番の際に守衛室に行っていたという三浦棋士の弁解がなぜ生じたのかが問題となるが、三浦棋士によれば、60手目以外の夕食休憩前の相手の手番時に守衛室に行って体を休めたかもしれないとのことであり、約30分間の離席というそもそも事実に反する内容を前提に追及を受け、勘違い等によりそのような発言に至ったと認めるのが合理的である。

(*25) 本件ヒアリング及び聴き取りを記録したメモ等によれば、三浦棋士は、誰かに求められたものではなく、自らかかる申し出をしたものと認められる。ただし、多数の者による追及的な雰囲気の中で、やむを得ず申し出をした側面があったことは否定できない。

(*26) 第5の1で後述する本件ノートパソコン①と本件ノートパソコン②である。

(*27) 第5の1で後述する本件スマートフォンである。

ウ 三浦氏からの聴き取り後の連盟の対応等

 常務会における三浦棋士からの聴き取り後、島常務理事は、読売新聞社の将棋担当記者に対し、将棋会館の理事室で、三浦棋士から竜王戦七番勝負を休場する旨の意向が示されたことを伝えた。また、これと並行して杉浦理事は、三浦棋士から休場の申し出がなされた以上、第29期竜王戦対局規定に従って、竜王戦の挑戦者は挑戦者決定戦で三浦棋士に敗れた丸山棋士に変更となり、2016年10月15日から始まる竜王戦七番勝負に、万が一にも丸山棋士が出られないということがあってはならないと考え、丸山棋士にスケジュールの確認をした。
 一方、三浦棋士と同行した連盟職員は、携帯電話販売店に向かったが、その途中で、常務会における聴き取り時の録音が失敗していることが判明したため、急遽、将棋会館に引き返した。三浦棋士は、録音が失敗していたことから常務会における三浦氏からの聴き取りの再現を求めたが、その場での受け答えを含めた完全な再現は不可能であること等から、聴き取りの要点のみを確認することになった。そこでは、本件疑惑の対象が本件4対局であること、ソフト指しの疑いがあると指摘された手について三浦棋士としてはプロ棋士としては普通の手だと思うと反論したこと、三浦棋士が丸山戦第1局を疑惑検証の対象に含めないのは不当であると述べたこと、久保戦の長時間の離席の際に、桂の間に先輩棋士がいたため守衛室に行っていたと三浦棋士が述べたこと、これから三浦棋士の自宅にあるデスクトップパソコンとスマートフォンを連盟に提供し専門家に検証してもらうことになったこと、三浦棋士が当面は休場扱いにしてもらってその間に徹底的に調べて欲しいという意向を示したこと等(*28)が確認された。
 このように、常務会における三浦氏からの聴き取りの要点を再現し、録音を実施した後、三浦棋士は、同行した連盟職員とともに、代々木にある携帯電話販売店でスマートフォンの代替機を購入し、デスクトップパソコンを回収するために、三浦棋士の自宅に向かった。その前後で、連盟と三浦棋士の間で、三浦棋士の休場期間をいつまでするのかについてのやり取りがなされた。
 一方、この間、島常務理事及び杉浦理事は、竜王戦を共同主催する読売新聞社を訪れ、同社に対し、三浦棋士が休場し竜王戦七番勝負の挑戦者を丸山棋士へ変更することについて理解を求めた。その後、杉浦理事は、同行した連盟職員を通じて三浦棋士に対し、休場届を早急に提出するよう伝えた。
 その後、三浦棋士は、連盟のこれまでの対応等から電子機器について公正な解析がなされるか疑問を持っていたことから、三浦棋士代理人と電話で相談した。三浦棋士代理人は、デスクトップパソコン2台については一旦提出すると言った以上、連盟に提出した方が良いが(*29)、スマートフォンは画面の写真を撮影してその写真を提出しさえすれば足り、必ずしもスマートフォンの本体自体は提出する必要はないのではないかと述べた。三浦棋士は、かかる三浦棋士代理人の意見を踏まえ、連盟に対し、スマートフォンについては画面の写真を提出するにとどめ、スマートフォン自体は提出しない旨伝えた。
 また、三浦棋士は、連盟に対し、休場届の提出の可否については、翌日の2016年10月12日に三浦棋士代理人と直接会って話し合った後に決めたい旨を伝えた。これを受け、連盟は、竜王戦七番勝負が2016年10月15日に迫り、その前日の同月14日には、関係者が集まる前夜祭で対局者による挨拶等が予定されていたことや、対局場の手配等が終了していたことを踏まえ、同行した連盟職員を通じて、三浦棋士に対し、明日(10月12日)の午後3時までに休場届を提出しないと厳しい処分を行うことになる旨を伝えた。
 島常務理事、青野専務理事及び杉浦理事は、2016年10月11日の深夜、将棋会館の理事室において、丸山棋士に対し、三浦棋士が竜王戦七番勝負を休場することを説明し、竜王戦七番勝負への出場を要請した。

(*28) 以上の確認が行われる際の会話は、最初から最後まで全て三浦棋士により録音されており、三浦棋士から提出を受けた録音記録に基づいて事実認定を行っている。休場に関しては、片上常務理事が三浦棋士の意向の確認として「それから、当面は休場扱いにしてもらって、その間に徹底的に調べて欲しい。」と述べたのに対し、三浦棋士は「はい。」と述べ、さらに片上常務理事が「今の状態だったら、ちょっと将棋はさせないのでということで。」と述べたというやり取りが録音から認められる。当該録音記録に表れた片上常務理事の話し方のトーンはゆっくりと落ち着いたものであり、三浦棋士に同意を迫るようなものではなかった。

(*29) 第5の1で後述する本件デスクトップパソコン①と本件デスクトップパソコン②であり、これらは2016年10月12日に三浦棋士から連盟に提出された。

エ 10月12日に本件処分に至るまでの経緯

 連盟は、遅くとも2016年10月12日の午前中までに読売新聞社から挑戦者を丸山棋士に交代することについて了承を得ていたが、休場届の提出期限であった午後3時の2時間程度前に、三浦棋士代理人から島常務理事に対し、休場届は出さないとの電話連絡があった。
 このように、同日午後3時までに、三浦棋士から休場届が提出される見込みがなくなったものの、本件疑惑はいまだ解消されておらず、竜王戦七番勝負の前夜祭が2日後に迫っていたこと、丸山棋士に竜王戦七番勝負への出場を要請する等挑戦者変更の手続きを進めていたこと、かかる挑戦者変更について読売新聞社の了承を得ていたこと等、時間が切迫しており、かつ、関係者との折衝を進めていた点で、三浦棋士を竜王戦七番勝負に出場させることによって関係者に与える影響の度合いは、前日の常務会終了直後に比してより高いものになっていた。
 何より、本件疑惑の解消の目途が立っていない中で、仮に三浦棋士をそのまま竜王戦七番勝負に出場させることとした場合、連盟が本件疑惑を指摘する週刊文春の記事に対して適切な対応を行うことができず、竜王戦七番勝負の運営は大混乱に陥り、竜王戦七番勝負は途中で打ち切らざるを得ない事態も想定され、連盟及び将棋界に対する世間や将棋ファンの信用は回復できないほど失墜することも想定された。連盟としては、休場届が提出されなかったとはいえ、そのまま三浦棋士を竜王戦七番勝負に出場させる方針は採りようがなく、処分をもって三浦棋士の出場を回避させる以外にないと考えた。
 そのため、谷川会長、片上常務理事、佐藤(秀)常務理事、島常務理事、中川常務理事、杉浦理事は、協議の上で、三浦棋士を2016年10月12日から同年12月31日までの出場停止処分にすることを決定した。
 その上で、2016年10月12日午後7時頃、連盟の渉外部広報課は、東京将棋記者会や関西囲碁将棋記者クラブに対し、2016年10月12日付「第29期竜王戦七番勝負挑戦者変更について」と題する書面を交付し、第29期竜王戦七番勝負について、三浦棋士が出場しないことになったこと、対局規定により、丸山棋士が繰り上がりで渡辺棋士と対局することになったこと、連盟は、三浦棋士を2016年12月31日までの出場停止の処分としたこと、挑戦者の変更については、読売新聞社の了承を得ていること及び挑戦者の変更についての谷川会長及び丸山棋士のコメントを公表した。
 その後、連盟は、2016年10月14日、三浦棋士に対し、本件処分について記載した2016年10月12日付「通知書」を発送するとともに、メールでも送付した。通知書には、「2016年10月11日、休場の意向を示されましたので、休場届の提出を求めましたが、期限までに休場届が提出されませんでした。第29期竜王戦七番勝負第1局が10月15日と迫っていること、10月14日には前夜祭も行われる等関係者への影響が甚大なこと等を総合的に判断し、常務会では貴殿へ下記の通りの処分を決定しましたことを通知いたします。」という説明と共に、処分内容が「出場停止(2016年10月12日~2016年12月31日)」であることが記載されていた(*30)。
 なお、2016年10月11日の時点において、三浦棋士からの休場の申し出等があったため、同棋士を竜王戦7番勝負に出場させない方向性については常務会の全理事間で共有されていたものの、本件処分決定時には、常務会のメンバー9名のうち6名しか協議に参加していなかったため、2016年10月14日から同月17日午前中までの間に、残りのメンバーからの追認を得た。

(*30) 2016年12月末日まで出場停止となったことにより、三浦棋士は竜王戦七番勝負のほか、A級順位戦、王位戦予選、朝日杯将棋オープン戦二次予選に出場することができなくなり、2016年11月及び同年12月の参稼報償金も支払われないこととなった。

4 電子機器及び将棋ソフトの使用状況に関する三浦棋士の供述内容

 三浦棋士からのヒアリング、三浦棋士代理人を通じて得られた、電子機器及び将棋ソフトの使用状況に関する三浦棋士の供述内容は以下のとおりである。特に明記しない限り、三浦棋士が供述した内容をそのまま記述したものであり、かかる記載内容を当委員会として直ちに事実として、判断の前提としたという趣旨ではない。

(1)三浦棋士による電子機器等の使用状況

 三浦棋士は、2015年の春まで、スマートフォン以外の携帯電話を使用しており、その頃、初めてスマートフォンを購入し、使用を開始した。このスマートフォンが、後述する本件スマートフォンである。本件4対局の対局日以降に購入した代替機を除けば、三浦棋士が2016年内に使用したスマートフォンは、契約名義、通信契約の有無の如何を問わず、本件スマートフォン以外に存在しない。
 また、パソコンについては、三浦棋士は、自宅に設置しているデスクトップパソコン(後述する本件デスクトップパソコン②)及び持ち運び用のノートパソコン(後述する本件ノートパソコン②)を、将棋ソフトの使用を含め自らの研究に使っていたが、ノートパソコン(後述する本件ノートパソコン②)が古くなったことから、2016年7月に新たにノートパソコン(後述する本件ノートパソコン①)を購入し、以後持ち運び用としてはかかる新しいノートパソコンを用いていた。

(2)三浦棋士による将棋ソフトの使用状況

 三浦棋士は、2013年に実施された第2回電王戦に出場したことを契機に、自宅のデスクトップ(後述する本件デスクトップパソコン②)に、将棋ソフトをダウンロードし、使用を開始したとのことである。三浦棋士は、この際、電子機器等に関する知識が乏しかったため、他の連盟所属棋士の助けを借りてダウンロードした。以後、三浦棋士は、自身の研究のために将棋ソフトの使用を始めた。
 三浦棋士が、技巧の存在を初めて知ったのは、2016年5月に開催された第26回世界コンピュータ将棋選手権で技巧が準優勝したときである。その後、2016年6月に一般公開された技巧をダウンロードした時期は、同年7月上旬頃と記憶しているが、それ以上正確な時期は記憶にない(*31)。以後、三浦棋士は、技巧を自身の研究のために用いてきた。
 また、三浦棋士は、遅くとも2016年夏頃までに、三枚堂棋士から、上記のとおり、リモートデスクトップアプリケーションを用いて、スマートフォン等の持ち運び用電子機器を使って、遠隔地にあるパソコンを操作することにより、パソコン上で技巧を使う方法があることを知ったが、実行したことはない。
 なお、三浦棋士は、自らのスマートフォン等の電子機器に、TeamViewer等のリモートデスクトップアプリケーション、あるいは、技巧をダウンロードしたことはない。

(*31) 三浦棋士による供述と本件電子解析の結果を総合すれば、2016年6月中旬から同年7月上旬頃に第5の1で後述する本件デスクトップ②、本件ノートパソコン①、本件ノートパソコン②に技巧をダウンロードし使用を開始したものと認められる。

(3)三浦棋士による対局日前後における電子機器及び将棋ソフトの使用状況

 三浦棋士は、対局日前日に、自宅のデスクトップパソコンで将棋ソフトを研究したり、ノートパソコンを宿泊用ホテル等に持ち込み、将棋ソフトを使って研究し、対局日当日の朝も、同様の方法で研究をすることがあった。また、三浦棋士は、対局後、その日のうちに自らの棋譜等を、同様にパソコンで将棋ソフトを使って分析することもあった。しかし、対局が行われる将棋会館等には、ノートパソコン、スマートフォン等の電子機器は携帯せず、自宅やホテル等に保管しておくことにしている。
 その上で、三浦棋士は、本件4対局中に、将棋ソフトを使用したことはおろか、電子機器を使用したこと自体ないと、本件疑惑を否定した(*32)。

(*32) なお、本件ヒアリングの中で、三浦棋士が、対局中にスマートフォンを含む電子機器を使っているところを現認したという者はいなかった。

第5 本件調査事項①についての調査結果及び結論

 当委員会は、本件調査事項①に関しては、以下の内容の調査の過程で、(ⅰ)2016年7月26日の久保戦については、不正の根拠の一つとされていた、夕食休憩後に三浦棋士が自分の手番で約30分間の離席をしたという事実がないこと、(ⅱ)同年8月26日及び同年9月8日の丸山戦第2局及び丸山戦第3局においては、夕食休憩後、連盟理事が対局中の三浦棋士を監視していたにもかかわらず、同棋士に不審な行為は認められなかったこと、(ⅲ)対局相手である丸山棋士は、2局のいずれもについて、三浦棋士が対局中に不正行為に及んだとの疑いは抱かなかったこと、(ⅳ)同年10月3日に行われた渡辺戦を含め不正の根拠の一つとされていた一致率等が分析毎にばらつく指標であり、不正の根拠とはならないことなどが判明し、後記5に示す結論に至った。

1 本件電子解析の結果及びその評価

 本件FRONTEO報告書によれば、別紙3―1に記載した本件電子解析の結果は以下のとおりである(*33)。

(*33) 本件電子解析においては、当該解析時の本件電子機器にインストールされているソフトウェアだけでなく、過去にインストールしたがその後アンインストールした場合などの痕跡がないかの調査も別紙3―1に記載した本件電子解析の手法の範囲内で実施している。

解析対象電子機器将棋GUIアプリケーション将棋ソフトリモートデスクトップアプリケーション本件4対局中の起動・使用状況
三浦棋士が使用していたスマートフォン(以下「本件スマートフォン」という。)確認されず確認されず確認されず本件4対局中の使用履歴は確認されず
三浦棋士の配偶者が使用していたスマートフォン確認されず確認されず確認されず本件4対局中に多数の使用履歴が存在するが、本件映像分析による対局映像の分析によれば、対局中の三浦棋士が電子機器を操作する様子等は確認されていないこと等をふまえれば、同棋士による使用とは判断されない
三浦棋士が使用していたノートパソコン(三浦棋士が2016年7月頃購入したもの)(本報告書において「本件ノートパソコン①」という。)将棋所GPSShogi、技巧、Apery、ツツカナ確認されず本件4対局中はシステムがスリープ状態
三浦棋士が使用していたノートパソコン(本報告書において「本件ノートパソコン②」という。)将棋所GPSShogi、技巧、ツツカナ確認されず本件4対局中はシャットダウン状態
三浦棋士の配偶者が使用していたノートパソコン将棋所GPSShogi確認されず久保戦、丸山戦第2局、渡辺戦中はシャットダウン状態。丸山戦第3局中の起動・使用履歴は存在するが、本件映像分析による対局映像の分析によれば、対局中の三浦棋士が電子機器を操作する様子等は確認されていないこと等をふまえれば、同棋士による使用とは判断されない
三浦棋士が使用していたデスクトップパソコン(三浦棋士が次の本件デスクトップパソコン②よりも古くから使用していたもの)(以下「本件デスクトップパソコン①」という。)解析の結果、最終起動履歴が2014年5月27日であることが確認された。よって、本件デスクトップパソコン①は、本件4対局の対局日において使用されたものとは認められないと判断した
三浦棋士が使用していたデスクトップパソコン(以下「本件デスクトップパソコン②」という。)将棋所GPSShogi、技巧、bonanza、ツツカナ確認されず久保戦中はOSアップデートの関係でシステムログ残存なし。丸山戦第2局、丸山戦第3局、渡辺戦中はシステムがスリープ状態
三浦棋士の配偶者が使用していたデスクトップパソコン確認されず確認されず確認されず久保戦中はOSアップデートの関係でシステムログ残存なし。丸山戦第2局、丸山戦第3局、渡辺戦中はシステムがスリープ状態
三浦棋士の母が使用していたタブレット(以下「本件タブレット」という。)解析の結果、最終起動履歴が2015年9月28日頃であることが確認された。よって、本件タブレットは、本件4対局の対局日において使用されたものとは認められないと判断した

 上記表のとおり、本件電子機器については、本件4対局中にそもそも使用されていた痕跡がないか、もしくは、同対局中に三浦棋士によって使用されていたとは認められず、とりわけ、三浦棋士が使用していた本件スマートフォンについてはスマートフォン版の技巧やリモートデスクトップアプリケーション等のダウンロードの痕跡は確認されなかった。
 また、各スマートフォンにかかるショートメッセージ、キャリアメール、三浦棋士代理人からアカウント及びパスワードの提供を受けたWEBメール等についても、必要と認められた範囲・手法でレビューを実施したが、かかるレビューから、三浦棋士が本件不正行為に及んだことを疑わしめる内容は確認されなかった。
 以上のとおり、本件電子解析の結果、本件電子機器については、三浦棋士が本件4対局の対局日において本件不正行為に及んだことがうかがわれる痕跡は確認されなかった。

2 本件一致率等分析の結果及びその評価

(1)本件一致率等分析①の結果及びその評価

 まず、一致率等が、三浦棋士が本件不正行為を実施したか否かを認定するために有用か否かを検討するために、別紙4に記載した一定の条件の下で、本件4対局を対象に技巧を用いた分析を10回実施し、別紙4に記載した合計9パターン(以下「本件9パターン」という。)のデータ分析を行った。その結果、例えば、「⑦前半40手、後半10手を除く」パターンの一致率のかい離についてみると、渡辺戦における一致率は、最大で80.95%となったものの、最小で61.90%となっており、同一条件での分析であるにもかかわらず、19.05%ものかい離が生じた。同様に、丸山戦第3局でも38.46%、丸山戦第2局でも23.08%、久保戦でも19.05%のかい離が最大値と最小値の間で生じた。
 また、同様に、悪手数・悪手率についても、例えば、最善手と一致せず、かつ、直前の対局評価値と比較して、対局評価値を25以上不利にした手を悪手と評価した場合(*34)(以下、かかる指し手を「対局評価値を25以上不利にした悪手」という。)、悪手数・悪手率は、久保戦においては、最小で悪手数0手・悪手率0%となったものの、最大で悪手数2手・悪手率9.52%となっており、同一条件の下での分析であるにも関わらず、悪手数にして2手、悪手率にして9.52%ものかい離が最大値と最小値の間で生じた。同様に、渡辺戦でも悪手数にして2手、悪手率にして9.52%、丸山戦第3局でも悪手数にして3手、悪手率にして23.08%、丸山戦第2局でも悪手数にして1手、悪手率にして7.69%のかい離が最大値と最小値の間で生じた。かかるかい離については、悪手数がプロ棋士においては0手~2手という非常に少ない数に収まることも多い指標であること(例えば、本件一致率等分析②における「⑦前半40手、後半10手を除く」パターンでは、対局評価値を25以上不利にした悪手が0~2手の局が35局中17局ある者が2名、16局ある者が三浦棋士含め3名認められた。)に鑑みれば、同一条件の下での分析であるにもかかわらず相当のかい離が最大値と最小値の間で生じたといえる。
 当委員会は、FRONTEOの分析を踏まえ、本件9パターンの全てについて同様の分析を行ったが、やはり相当のかい離が最大値と最小値の間で確認された。
 このように一致率等は同一条件にて分析を行ったとしても、その分析結果が分析ごとにかなりのばらつきを示す指標であることが明らかになった。
 したがって、本件4対局の一致率等の高低を論じたり、三浦棋士の他の対局や他の棋士の対局との一致率等を比較するにしても、その数値自体が相当にばらつくものである以上、かかる安定性の低い数値との比較等の結果を、三浦棋士が本件不正行為を行ったか否かを調査することに用いることは著しく困難であるといわざるを得ない。
 なお、かかる結論は、(ⅰ)技巧はその性質上、同一のコンピューター及び同一の設定条件の下で分析を行ったとしても、分析にはランダムの要素があり、示す指し手がばらつき得ることが当然に予定されているものであること、(ⅱ)このことが技巧開発者からのヒアリングにおいても確認されたこと、(ⅲ)本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、本件ヒアリングの中で、表現や程度の差こそあれ、一致率を不正の根拠として用いることの困難性、限界について述べたこととも整合する。

(*34) 本件一致率等分析では、最善手と一致せず、かつ、対局評価値を50以上不利にした手を悪手と評価した場合(以下、かかる指し手を「対局評価値を50以上不利にした悪手」という。)、最善手と一致せず、かつ、対局評価値を100以上不利にした手を悪手と評価した場合(以下、かかる指し手を「対局評価値を100以上不利にした悪手」という。)でも分析を行った。

(2)本件一致率等分析②の結果及びその評価

 上記の本件一致率等分析①の結果をふまえれば、一致率等を三浦棋士が本件不正行為を行ったことの根拠として用いることは著しく困難であるといわざるを得ないところである。
 しかし、本件疑惑及び本件ヒアリングの中で、三浦棋士の指し手と技巧の示す指し手との高い一致率、あるいは、三浦棋士の指し手を技巧に分析させた際の悪手数・悪手率の低さが本件不正を根拠づけるとの指摘もあったため、念のため、本件4対局を含む計350局(分析対象対局)について一致率等の分析(本件一致率等分析②)を行った(*35)。
 その結果、本件9パターンのうち、例えば、本件4対局の三浦棋士の一致率が相対的に高いと認められた(いずれも70%以上)「④前半40手を除く」パターンにおいても、三浦棋士の他の対局の中には、本件4対局と同程度に高い一致率(70%以上)となっている対局が5局存在し、このうち4局は技巧が公開される以前の対局であった。このように三浦棋士は35局中9局で一致率が70%を超えたことになるが、三浦棋士以外の連盟所属棋士においても、三浦氏と同じく35局中9局において高い一致率を示した連盟所属棋士も存在した(このなかには連続する6局中の3局、連続する8局中の4局という、一定の連続性を示すものも含まれる。)。また、「④前半40手を除く」パターンにおいて計測された最も高い一致率は90.63%であったが、これも三浦棋士以外の棋士によるものであった。このことは悪手数・悪手率及び「④前半40手を除く」パターン以外の8パターンにおいても同様であった。
 以上のとおり、本件4対局における三浦棋士の具体的な一致率等は、比較的際立った数値とはいえるものの、三浦棋士の分析対象対局35局のうち本件4対局以外の31対局にも、本件4対局と同程度に高い一致率や低い悪手数・悪手率を示す対局が多くあり、その中には、技巧が公開された日以前の対局も複数含まれる。したがって、三浦棋士の対局だけをみても、三浦棋士は、技巧を用いることなく対局したとしても、高い一致率や低い悪手数・悪手率を示すことがあり、本件4対局における高い一致率や低い悪手数・悪手率が、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為を行ったことを示すとはいえない。
 さらに、他の連盟所属棋士の対局においても、同程度に高い一致率や低い悪手数・悪手率が数多く散見され、中には本件4対局のどの対局よりも高い一致率を示す対局も存在する。したがって、本件4対局の一致率等は、他の連盟所属棋士の対局でも数多く示されうるものであり、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為を行ったことを示すとはいえない。
 加えて、本件4対局は、比較的短期間(9局)に行われた対局であるが、他の連盟所属棋士の対局においても、比較的短期間に高い一致率や低い悪手数・悪手率が集中することが認められ、本件4対局が比較的短期間に行われていることもまた、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為を行ったことを示すとはいえない。

(*35) ただし、上記のとおり一致率等は、分析の都度相当にばらつく値であるところ、かかる比較については、当該350局について、1回ずつ技巧に分析させた結果と三浦棋士を含む10名のプロ棋士の指し手の比較に過ぎず、自ずとその結果の意味するところには限界があることを付言しておく。

(3)本件一致率等分析の結果及びその評価

 以上のとおり、本件一致率等分析の結果、一致率の高さ、あるいは悪手数・悪手率の低さが、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為を実施したことの根拠となるとは認められない。

3 本件映像分析の結果及びその評価

(1)久保戦

ア 離席回数及び離席時間

 久保戦は、2016年7月26日午前10時00分に開始され、約40分間の昼食休憩、約40分間の夕食休憩を挟み、午後9時52分に久保棋士の投了をもって終了している。本件対局映像を分析した結果、久保戦における三浦棋士の離席回数や離席時間等は以下のとおりである。なお、昼食休憩及び夕食休憩時の離席は含めていない。

離席回数三浦棋士手番時の離席回数10分以上の離席回数総離席時間三浦棋士手番時の総離席時間
約42回約15回(*36)約4回約2時間40分約1時間

(*36) 三浦棋士が自己の手番の際に離席した回数をいい、離席中に対局相手が指して三浦棋士の持ち時間が消費された場合は含まない。

イ スマートフォンその他の電子機器の所持状況の確認

 本件映像分析を行った結果、対局中に三浦棋士が、スマートフォンその他の電子機器を所持していたと認められる場面は確認されなかった。

ウ 「約30分間の離席」に関する事実関係

 三浦棋士は、久保棋士が59手目を指した後、自ら60手目を指すまでの間、約43分間の持ち時間を消費している。久保棋士は、本件ヒアリングにおいて、三浦棋士は60手目の消費時間である約43分間のうち、約30分間離席していた旨述べた。
 しかし、本件映像分析によると、久保棋士が59手目を指してから、三浦棋士が60手目を指すまでの間の消費時間約43分間において、三浦棋士は3回離席しているものの、その離席時間はそれぞれ約6分弱、約3分20秒、約5分弱の合計約14分間である。したがって、本件映像分析の結果、60手目に関して、久保棋士が述べるような約30分間の離席の事実は認められなかった。

(2)丸山戦第2局

ア 離席回数及び離席時間

 丸山戦第2局は、2016年8月26日午前10時00分に開始され、約40分間の昼食休憩、約40分間の夕食休憩を挟み、午後9時24分に丸山棋士の投了をもって終了している。本件対局映像を分析した結果、丸山戦第2局における三浦棋士の離席回数や離席時間等は以下のとおりである。なお、昼食休憩及び夕食休憩時の離席は含めていない。

離席回数三浦棋士手番時の離席回数10分以上の離席回数総離席時間三浦棋士手番時の総離席時間
約26回約7回約2回約1時間20分約16分

イ スマートフォン所持状況の確認

 本件映像分析を行った結果、対局中に三浦棋士が、スマートフォンその他の電子機器を所持していたと認められる場面は確認されなかった。

(3)丸山戦第3局

ア 離席回数及び離席時間

 丸山戦第3局は、2016年9月8日午前10時00分に開始され、約40分間の昼食休憩、約40分間の夕食休憩を挟み、午後8時20分に丸山棋士の投了をもって終了している。本件対局映像を分析した結果、丸山戦第3局における三浦棋士の離席回数や離席時間等は以下のとおりである。なお、昼食休憩及び夕食休憩時の離席は含めていない。

離席回数三浦棋士手番時の離席回数10分以上の離席回数総離席時間三浦棋士手番時の総離席時間
約23回約6回約2回約1時間40分約8分

イ スマートフォン所持状況の確認

 本件映像分析を行った結果、対局中に三浦棋士が、スマートフォンその他の電子機器を所持していたと認められる場面は確認されなかった。

(4)渡辺戦

 渡辺戦は、2016年10月3日午前10時00分に開始され、約40分間の昼食休憩、約40分間の夕食休憩を挟み、午後9時32分に渡辺棋士の投了をもって終了している。渡辺戦については、上記第2の3(4)のとおり、対局映像が存在していなかったため、本件映像分析は実施していない。

(5)結論

 以上のとおり、本件映像分析の結果、本件対局映像から、三浦棋士が本件4対局のうち渡辺戦以外の3局において本件不正行為に及んだことがうかがわれる痕跡は確認されなかった。

4 本件対局分析の結果及びその評価

 上記第2の3(5)で述べた本件4対局における、三浦棋士の指し手等に関する疑惑の指摘について、指摘内容が事実に整合するかを確認し、また、高度な将棋知識を伴う指摘については、可能な範囲で、プロ棋士である連盟所属棋士に対する本件ヒアリングで見解を聴取したところ、これらを踏まえた、対局ごとの分析結果は以下のとおりである。

(1)久保戦について

 久保戦に関しては、60手目に三浦棋士が指した4二歩という指し手が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、そもそも三浦棋士が指す前に約30分間離席したという離席時間の長さについて事実誤認があり、また、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、大要、三浦棋士レベルのプロ棋士であれば指すことができない手ではないとの見解を示したこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該指し手が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 次に、62手目に三浦棋士が指した6七歩成という指し手が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘も認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、大要、三浦棋士レベルのプロ棋士であれば指すことができない手ではないとの見解を示したこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該指し手が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 最後に、久保戦全体についてみても、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、大要、当該対局において人間が指せないような不自然な指し手はないという見解を示していること及び三浦棋士の説明内容を併せ考えれば、対戦者である久保棋士が疑惑を持ち連盟に申告するほどの離席等の状況であったことも踏まえたとしても、久保戦における三浦棋士の指し手等が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。

(2)丸山戦第2局について

 丸山戦第2局に関しては、まず、73手目に三浦棋士が指した7八銀に関する感想戦における発言(「7六桂なら8七玉~7六玉で大丈夫」)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が当該発言に特殊な読みは含まれず、当たり前の内容であるとの見解を示したこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 丸山戦第2局全体についてみても、もし疑惑のある4対局の中でどれが最も怪しいかといえば丸山戦第2局であるとの見解を示しているプロ棋士もいるものの、かかる見解はそれ以上に具体的に掘り下げた根拠を伴うものではなく、反対に、対局した丸山棋士自身が疑念を持たなかったと述べていること、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の多くは、大要、三浦棋士レベルのプロ棋士であれば指すことができない手はないという見解を示していること、連盟による監視によっても不審な行動は確認できなかったこと及び三浦棋士の説明内容を併せ考えれば、丸山戦第2局における三浦棋士の指し手等が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。

(3)丸山戦第3局について

 丸山戦第3局に関しては、第一に、42手目に丸山棋士が指した4五歩に関する感想戦における発言(「1四歩なら7二歩」)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、42手目を指す直前の離席は1分半のみであったこと、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士からは、指しづらい手であり疑いに理解を示す見解も認められた一方、あり得ない読み筋ではないとの見解も示されていること、仮に三浦棋士が本件不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で技巧の読み筋を述べることは考えづらいこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第二に、50手目に丸山棋士が指した4三金直に関する感想戦における発言(「同金だと思った」)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、大要三浦棋士レベルのプロ棋士の読みとして違和感がないとの見解を示したこと、仮に三浦棋士が本件不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で技巧の読み筋を述べることは考えづらいこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第三に、56手目に丸山棋士が指した4一玉に関する感想戦における発言(56手目以降の読み筋として、(後手)4五銀は(先手)5一角成(後手)3七角の後に2九飛を指摘した)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、三浦棋士は、50手目の指し手以降、丸山棋士が56手目を指すまで自分の手番で離席は行っていないこと、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の見解が、違和感がある指し手であるとの見解と、プロ棋士として考える読み筋であるとの見解に分かれたこと、仮に三浦棋士が本件不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で技巧の読み筋を述べることは考えづらいこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第四に、59手目に三浦棋士が指した2七飛に関する感想戦における発言(58手目以降の読み筋について「2五飛、1九角成、7二歩、同飛、5五銀、3三銀も考えた」、「7二歩はかなり厳しい。取るしかないんですけど」等と述べた)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、なかなか浮かばない指し手である等の見解も呈されたが、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の大多数が、大要三浦棋士レベルのプロ棋士の読みとしてあり得ないものではないとの見解を示したこと、仮に三浦棋士が本件不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で技巧の読み筋を述べることは考えづらいこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 最後に、丸山戦第3局全体についてみても、丸山戦第3局全体としてミスがあまりにも少ないため違和感を持ったとの見解を示しているプロ棋士もいるものの、反対に、対局した丸山棋士自身が疑念を持たなかったと述べていること、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の多くは、大要、当該対局において人間が指せないような不自然な指し手はないという見解を示していること、連盟による監視によっても不審な行動は確認できなかったこと及び三浦棋士の説明内容を併せ考えれば、丸山戦第3局における三浦棋士の指し手等が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。

(4)渡辺戦について

 渡辺戦に関しては、第一に、27手目に三浦棋士が指した4五桂という指し手が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、将棋ソフトによる事前研究がないと指せないというようなプロ棋士の見解も示されたが、現に、三浦棋士が三枚堂棋士と事前に研究を行っていたという三浦棋士の説明を裏付けるキャリアメールが確認されたことと、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士からは、4五桂という手が全く新しいものではなく一定の研究等が存在する旨の見解も呈されていること及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該指し手が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第二に、53手目に三浦棋士が指した6六歩という指し手が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となった複数のプロ棋士から、大要、三浦棋士レベルのプロ棋士の指し手として違和感がないという見解が呈されていること及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該指し手が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第三に、60手目に渡辺棋士が指した8四銀に関する感想戦における発言(「8一桂を考えていた」)が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士からは、考えづらい一手との見解はあるものの、他方複数のプロ棋士からは普通の手である又は指しにくい手ではあるが考える手であるとの見解が示されていること、仮に三浦棋士が本件不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で技巧の読み筋を述べることは考えづらいこと及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該感想戦における発言が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 第四に、81手目に三浦棋士が指した8一角という指し手が本件不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘が認められた。しかし、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士からは考えづらい一手との見解もあったものの、他方複数のプロ棋士からは三浦棋士レベルのプロ棋士の手として違和感のない手であるとの見解も示されていること及び三浦棋士の説明内容等からすれば、当該指し手が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。
 最後に、渡辺戦全体としてみても、渡辺戦全体として悪手が極めて少ないとの疑惑が指摘されているが、かかる指摘はこれ以上に具体的に掘り下げた根拠を伴うものではない一方で、本件ヒアリング対象者となったプロ棋士の多くは、大要、当該対局において人間が指せないような不自然な指し手はないという見解を示していること及び三浦棋士の説明内容を併せ考えれば、渡辺戦における三浦棋士の指し手等が本件不正行為を実行したことの根拠となるとは認められない。

(5)結論

 以上のとおり、本件対局分析の結果、本件4対局における三浦棋士の指し手等が、三浦棋士が本件4対局において本件不正行為に及んだことの根拠となるとは認められない。

5 本件調査事項①についての結論

 以上のとおり、第4で認められた事実並びに本件電子解析、本件一致率等分析、本件映像分析及び本件対局分析によれば、本件4対局において、本件疑惑の根拠として指摘された点はいずれも実質的な証拠価値に乏しいものであったといわざるを得ず、三浦棋士が本件不正行為に及んでいたと認めるに足りる証拠はない。

第6 本件調査事項②についての調査結果及び結論

1 本件処分の妥当性について

 本件処分の妥当性を検討するにあたっては、三浦棋士が連盟の社員としての地位を有していることから、連盟とプロ棋士の関係を明らかにし、両者の関係から導かれる連盟の連盟所属棋士に対する権限の範囲内といえるかどうか検討する。

2 連盟の連盟所属棋士に対する規律の在り方

(1)連盟

ア 連盟の沿革・目的

 将棋は、古くから嗜まれる伝統的な競技であり、長い歴史の中で醸成された棋士及び棋戦の在り方を含め、我が国固有の文化の一部を形成するに至っている。連盟は、公益社団法人として、将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与することを目的とし、その目的を達成するため、棋戦を主催する等の事業を行っている(定款第3条、第4条)。このように連盟は、前身組織を含め百年近い歴史を持ち、上記のような目的で運営されながら、棋士及び棋戦を包含する将棋界の発展及び将棋道の伝承を担う立場にある。

イ 連盟の事業

 上記第4の1(1)のとおり、連盟は、上記目的を達成するため、各事業を行っているところ、連盟は、各公式戦の共同主催者である企業からの契約金等により公益社団法人を運営している。そして、連盟の事業の中でも公式戦は中心となる事業であり、連盟は公益社団法人として、公式戦の日程等を管理し、共同主催者らとともに公式戦を滞りなく運営し、もって、上記目的を達成することが求められている。

(2)連盟と連盟所属棋士の関係

 連盟所属棋士は、棋力が一定の水準に達しているだけでなく、連盟の上記目的に賛同した者に限られており(定款第5条第1項第1号)、連盟と連盟所属棋士が上記目的を共有することが確保されている。
 その上で、連盟所属棋士は、内部規約上の会員等というだけではなく、全員が一般社団法人及び一般財団法人に関する法律上の社員としての地位を有している(定款第5条第2項)。
 加えて、連盟所属棋士は、連盟に所属することにより、公式戦に出場できるというだけでなく、連盟の上記目的を達成するため、公式戦に出場することが義務付けられ、かつ、かかる公式戦への出場、その解説、講演等を通じて、将棋の普及・発展等上記目的に貢献することが求められている(対局規定第2章総則第1条)。他方、連盟は、連盟所属棋士に対し、公式戦を通じて、対局料、賞金等の対局及びその勝敗に応じた金銭を得られる機会を提供するだけでなく、各連盟所属棋士の実績に応じ算出される参稼報償金を毎月支払っており、これが連盟所属棋士にとっての固定収入となる(定款第36条、参稼報償金取扱要領第4条)。このように、連盟は、上記目的に賛同し、日本将棋の伝統を存続し普及発展を図るという信念を伴う棋力を有した連盟所属棋士なくして、その事業を遂行し、連盟の目的を十分に達することができず、逆に、連盟所属棋士は、連盟に所属することにより伝統ある公式戦に参加し、連盟所属棋士としての活躍を通じて自己実現を図ることができるだけでなく、連盟所属棋士であることにより多寡はあれ参稼報償金という固定収入に加え賞金等を得ることができるという、結びつきの強い相互に支え合う関係を形成している。

(3)連盟が連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限及びその範囲

 連盟においては、上記の連盟の目的及び連盟所属棋士との関係に沿った団体運営が求められ、その一内容として、将棋界で築き上げられてきた伝統及びそれに伴い醸成されてきた連盟所属棋士及び公式戦に対する信頼を維持していくために、団体として、その所属する連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限を有し、同時に、その責務を負っているというべきである。また、連盟が、上記目的を実現するためには、公式戦の共同主催者からの契約金等の存在及びそれを用いて事業を行うことが不可欠である。したがって、上記目的の実現のために、連盟、公式戦及び連盟所属棋士に対する信頼を維持し、共同主催者ら関係者と良好な関係を維持するため、事業に重大な支障をきたすような事象を防止する目的で連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限を有し、かつ、その責務を負っているというべきである。
 一方、連盟所属棋士は、上記の連盟の目的に賛同し、連盟という団体の一員として連盟所属棋士・連盟社員になった以上、その事業に協力する義務があり、その事案に重大な支障をきたす事象を防ぐことを含めた上記目的の実現のために必要な範囲で、連盟の規律に服する義務を負う。したがって、連盟が連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限は、連盟という団体に内在的に発生しているものであり、明文の規定の有無によらず、認められるものである。
 以上より、連盟は、定款に基づく会員からの除名、会員資格の喪失(定款第9条、第10条)、対局規定及び対局規定内規に基づく連盟所属棋士に対する一定の処分(遅刻等)等を通じて、連盟所属棋士及び公式戦を規律することができるだけではなく、明文の規定がない場合でも、これらに対し、一定範囲で規律を及ぼすことができると解するべきである。この点、規律を及ぼすことができるのは、明文の規定に該当する場合に限られるという反論も考えられるが、明文の規定において、連盟が連盟所属棋士に対して公式戦への出場を停止させることができるのは、テレビ棋戦の遅刻や2回以上不戦敗をした場合に限られるところ、連盟所属棋士に、例えば、不正行為、テレビ棋戦以外における遅刻等の怠慢行為等が認められたときについて、連盟が総会決議に基づく除名以外の何らの規律を及ぼすことができないと考えるのはあまりに不合理である。このことのみからしても、連盟が定めている明文の規定は、連盟所属棋士及び公式戦に関する規律の一部を明文化しているに過ぎず、これにより連盟が連盟所属棋士及び公式戦に対し及ぼすことができる規律を限定する趣旨ではないことは明らかというべきである。
 このように、連盟が連盟所属棋士及び公式戦に対して一定範囲で規律を及ぼすことができることは、対局規定が「公益社団法人日本将棋連盟に所属する連盟所属棋士の公式棋戦における対局行為に関するものである。将棋道の普及と愛棋家の模範たるをもってこの目的とする。」と定めた上で、同規定第1章第2項が「本規定にはない条項は、常務会が判断・措置するものとする。」と定めていることにも表れている(以下、同規定第1章第2項を「本件措置規定」という。)。
 加えて、連盟は、連盟所属棋士に対し、過去にも上記第4の1(4)ウで述べたとおり一定の処分を行っているが、その中には、当時の規定に明文で定められていたわけではない処分も含まれている。ここにも、連盟が、必ずしも明文の規定がなくても、連盟所属棋士及び公式戦に対し一定範囲で規律を及ぼすことが認められていたこと、また、それを連盟所属棋士が受け入れてきたことが表れている。
 以上のとおり、連盟は、団体における内在的な権限として、さらには、本件措置規定に基づき、連盟所属棋士及び公式戦に対し一定の規律を及ぼすことが認められているといえる。

(4)連盟による規律の限界

 しかし、連盟が、連盟所属棋士及び公式戦に対し一定の規律を及ぼすことが認められているとしても、連盟所属棋士個人の利益と背反するような場合にどのような制約を受けるのか、すなわち、連盟による規律の限界が問題となる。
 この点、上記のとおり、連盟による連盟所属棋士及び公式戦に対する規律の根源には上記目的及びその実現があるところ、その目的は広範であり、連盟・連盟所属棋士・公式戦に関係し生じ得る事象は無数にありうる以上、連盟の連盟所属棋士に対する措置が、連盟に認められる規律の範囲内といえるかどうかは、連盟の目的との関係における必要性の有無・程度、その緊急性、連盟の事業に与える影響、かかる必要性・緊急性に照らした処分内容の相当性、規律を及ぼすことに起因する連盟所属棋士個人の利益に対する制約の程度、必要性に照らした制約の許容性、当該連盟所属棋士の帰責性等を総合考慮して個別具体的に判断することが妥当と解される。
 なお、連盟所属棋士個人には必ずしも帰責性がない、あるいは、当該規律を及ぼすべきほどの高い帰責性が認められない場合であっても、連盟が、その事業に重大な支障をきたす事象を防ぐことを含めた上記目的の実現のため、特定又は一部の連盟所属棋士に対し、一定の規律を及ぼすべき場合があることは否定できない。この点、連盟と連盟所属棋士の関係性からすれば、連盟所属棋士において、連盟と連盟所属棋士の利益が背反する場面があり得、場合によっては、連盟の目的達成を優先させなければならないことがありうることは当然に想定されることであり、このことは、連盟所属棋士も明示的又は黙示的に受け入れているというべきである。もっとも、このような場合には、上記のとおり連盟と連盟所属棋士が相互に支え合う関係に立つことを踏まえ、連盟の目的達成のために、特定又は一部の連盟所属棋士個人に生じた不均衡を一定程度是正し、もって、連盟所属棋士全員の連盟の規律に対する信頼を維持するため、失われた利益の多寡を含む上記総合考慮の諸要素等に照らし、連盟が当該連盟所属棋士に対し、何らかの補償を行うことが適切な場合があるものと考えられる(*37)。
 加えて、上記のとおり、連盟所属棋士に不正行為、怠慢行為等が認められた場合に、連盟が当該連盟所属棋士に規律を及ぼせることはもちろんであるが、こうした行為の疑いやおそれが生じている場合においても、連盟所属棋士としての身分を継続させ続けたり、連盟所属棋士を公式戦に出場させることにより、棋戦や連盟への信頼が深刻に損なわれ上記目的の達成が困難となったり、事業の継続に回復し難い支障が出たりする危険があるときは、上記のような総合考慮の上、疑いの真偽を見極める間あるいはこうした行為のおそれがなくなる間、連盟所属棋士の身分を停止したり、公式戦への出場を停止させたりすることもまた、連盟による規律として認められる場合があるというべきである。

(*37) 以上の点については、連盟の連盟所属棋士に対する団体の内在的な規律権限からではなく、連盟と連盟所属棋士との契約関係から検討することも考えられる。すなわち、連盟は連盟所属棋士に対し公式戦の出場や講演等を依頼し、連盟所属棋士はその対価として連盟から対局料等を受領するという法的関係その他第6の2(1)乃至(2)の事情に照らすと、連盟と連盟所属棋士との間には、準委任契約に類似した有償双務契約としての無名契約が締結されていると考えることも可能である。この見解に立つ場合、連盟による連盟所属棋士に対する公式戦への出場停止は、この契約の(一部)解除であると解しうることから、連盟は、いつでもこの契約を(一部)解除して出場を停止することが可能ということになる(民法第656条、第651条第1項の準用)。そして、この場合、連盟は、連盟所属棋士にとって不利な時期に出場停止にしたときは、連盟所属棋士に生じた損害を賠償しなければならないものの、連盟にとってやむを得ない事由があった場合には、損害の賠償をする必要はないこととなる(民法第656条、第651条第2項の準用)。したがって、この見解によっても、結論は、上記と基本的には違いがないこととなる。

3 本件処分の妥当性

 かかる前提を踏まえ、連盟の三浦棋士に対する本件処分について、本件の事実関係に照らした妥当性について述べる。

(1)本件処分の必要性・緊急性

 上記第4の3のとおり、連盟が行った本件処分は、本件疑惑の存在を前提に行われたものである。しかし、上記第5のとおり、結果的には三浦棋士が本件不正行為を行ったと認めるに足りる証拠はなかったものであり、それによれば、その妥当性に疑念が生じることは当然である。
 しかしながら、本件処分の妥当性を正しく判断するためには、そのような現時点から見た結果論ではなく、本件処分当時において認識していた事実及び予見していた事実から本件処分の必要性及び緊急性を判断すべきものである。具体的には、本件処分当時、次のような諸事情が存在したことが考慮される必要がある。
 第一に、本件処分当時、現に三浦棋士に対する本件疑惑が強く存在していたという点である。
 すなわち、三浦棋士は、対局中の離席等の行動がきっかけとなり、久保棋士及び渡辺棋士という2人の有力な連盟所属棋士から、本件不正を行っていたとの強い疑念を持たれ、連盟に対する告発まで受けていた。連盟は、本件10月10日会合でタイトル保持者をはじめとする他の有力棋士からこれに対する意見を聴取したが、そこでも、久保棋士、渡辺棋士及び千田棋士から示された本件疑惑(離席状況、技巧が示す指し手との一致率、感想戦で三浦棋士が述べた内容等の根拠の説明を含む。)を否定する者はなく、連盟としてはその事実を重く受け止めざるを得なかった。また、連盟は、三枚堂棋士から、同棋士が三浦棋士に対しスマートフォンを使ってパソコン上の将棋ソフトを遠隔操作する方法があることを教えたとの情報も得ていた。そして、連盟は、2016年10月11日の常務会において、三浦棋士から弁明を聞く機会を設けたが、三浦棋士から疑いを払拭するに足りる説明は行われず、かえって疑いが深まる結果となった。このように、本件処分を行った時点において、三浦棋士に対する本件疑惑が強く存在していた。
 第二に、三浦棋士をそのまま竜王戦七番勝負に出場させることとした場合、大きな混乱が生じることが必至であり、連盟や将棋界に対する信頼や権威が大きく傷つくことが容易に想像された点である。
 すなわち、連盟は、本件処分までに、三浦棋士がソフト指しをしているという疑惑が2016年10月中旬に販売される週刊文春に掲載されるという情報を掴んでおり、このままでは、同月15日から始まる竜王戦七番勝負の開催中に記事が掲載されることを認識していた。それにもかかわらず、連盟としては、本件疑惑を否定する材料を持ち合わせていなかった。したがって、仮に三浦棋士をそのまま竜王戦七番勝負に出場させることとした場合、連盟は週刊文春の記事に対して適切な対応をすることが著しく困難であり、竜王戦七番勝負の運営は大混乱に陥ることは容易に想像ができ、場合によっては途中で打ち切らざるを得ない事態も想定された。また、その場合、竜王戦七番勝負にそのような疑惑を持った挑戦者を出場させた連盟の甘い対応が批判の対象になるのはもちろん、これまで築き上げられてきた将棋界、連盟所属棋士及び竜王戦七番勝負を含む公式戦に対する信頼や権威が大きく傷つくことも容易に想像された。加えて、その場合、連盟にとって最も重要なスポンサーの一つである読売新聞社に対しても多大な迷惑を掛けることとなり、今後の同社との関係の継続、さらには他の重要なスポンサーへの影響を含め事業の継続に回復し難い損害が生じることについても危惧せざるを得なかった。
 第三に、本件処分当時、時間的な余裕が全くなかったこともあり、連盟として他に採り得る現実的な選択肢がほぼなかった点である。
 すなわち、竜王戦七番勝負第1局は2016年10月15日に始まり、その前日である同月14日には、関係者を交えた前夜祭が開催され、対局者の挨拶等が行われる予定になっており、連盟としては、本件の判断に時間をかける余裕は全くなく、緊急に方針を決めざるを得ない状況にあった。そのような状況下、竜王戦七番勝負の日程を延期することも、共同主催者である読売新聞社を含む関係者との調整が必要となるが、その時間的余裕もなかったこと、三浦棋士に対する疑惑はいつ解明されるかは定かでなく、延期期間が定まらないこと、タイトル戦を含む複数の公式戦の日程が折り重なりあうようにして組まれており、延期は日程面からも無理があること等から、事実上困難と考えられた。もちろん、本件疑惑によって、最高棋戦とされている竜王戦七番勝負を中止してしまうことは、それ自体取り得ない選択肢であった。したがって、連盟として、緊急に方針を決めざるを得ない状況にある中、本件処分以外に、他に採りうる現実的な選択肢はほぼ存在しない状況であった。
 第四に、三浦棋士が自ら一旦竜王戦七番勝負の休場の申し出を行ったことから、三浦棋士が休場の申し出を撤回した時点では、もはや後戻りができなくなっていた面もあった点である。
 すなわち、2016年10月11日に三浦棋士から竜王戦七番勝負休場の申し出がなされたため、連盟は、早急に調整に動き、読売新聞社に竜王戦七番勝負の挑戦者変更について説明して了承を得、丸山棋士にも挑戦者変更の説明をして竜王戦七番勝負への出場を要請していた。したがって、三浦棋士が申し出を撤回したからといって、再び挑戦者を三浦棋士に変更して竜王戦七番勝負に出場させることは、時間的にも関係当事者との関係からも、もはや事実上不可能な状況になっていた。
 以上のとおり、本件処分当時、連盟が本件処分を行う高い必要性・緊急性があったことは明らかといえる。

(2)本件処分内容の相当性

 本件処分当時、連盟として本件処分(出場停止処分)以外に他に採りうる現実的な選択肢がほぼなかったことは、上記(1)のとおりである。
 加えて、出場停止期間についても、連盟としては、三浦棋士に対する本件疑惑が強く存在している状況を踏まえ、三浦棋士の竜王戦七番勝負への出場を止める必要があったのであるから、竜王戦七番勝負の第7局が開かれる予定の2016年12月22日より後である同月31日までとしたことは相当であった。また、本件疑惑を解明するためには、三浦棋士やその家族のスマートフォンやパソコンといった電子機器を解析して通信履歴やアプリケーションソフトウェア等について調査をする必要があるほか、関係者からのヒアリングをする等、その調査には相当に時間がかかることが見込まれたのであるから、2016年12月31日までの出場停止とする本件処分は、本件疑惑の調査期間という点からも相当であった。
 なお、本件処分は竜王戦七番勝負だけでなく他の公式戦への出場も停止しているところ、竜王戦七番勝負だけ出場停止にし、他の公式戦に出場させることは、スポンサー間の公平性を欠くことになるし、本件疑惑が払拭されていない状態で三浦棋士を他の公式戦に出場させれば、竜王戦七番勝負に出場させた場合と同様に連盟の自浄作用が疑われ、連盟に対する批判や棋戦に対する信用の失墜につながるおそれがあった。
 以上より、連盟が三浦棋士に対し、竜王戦七番勝負を含むすべての公式戦について2016年12月31日までの出場停止としたことは、その期間及び内容ともに相当な判断であった。

(3)その他の事情

 三浦棋士は、本件処分により、竜王戦七番勝負等の対局料や参稼報償金を受け取ることができなくなったこと、竜王戦七番勝負に出場することができなかったため、竜王のタイトルを獲得する機会を逃したこと、休場に伴ってA級順位戦9局のうち2局が不戦敗となったこと等の不利益を受けている。加えて、本件処分によって、名誉という観点からも大きな不利益を受けている。したがって、本件処分によって三浦棋士が受けた不利益は、決して小さなものではない。ただし、本件処分は、除名や長期に亘る出場停止処分ではなく、あくまで本件疑惑に対する調査のために必要な期間の出場停止処分に止まるものであり、三浦棋士は出場停止期間が過ぎれば全ての公式戦に再び出場することができるのであり、棋士としての地位を奪うほど重いものとまではいえない。
 他方、上記第5の3の本件映像分析で明らかになったとおり、久保戦の離席状況については久保棋士の発言と本件映像分析の結果との間に齟齬があるものの、少なくとも、三浦棋士は、自らの多数回にわたる離席や長時間の離席によって久保棋士に強い不信感を抱かせたことは事実であった。その後、三浦棋士に対する警告の意味も含んだ本件電子機器取扱通知が連盟から出され、むやみな長時間の離席は控える旨の通知がなされていたにもかかわらず、三浦棋士は、10分間以上の離席を控えればよいとしか受け止めなかった。その結果、三浦棋士は、渡辺戦において、渡辺棋士が本件疑惑を抱くほどの離席を繰り返し、本件疑惑が再燃した。こうして見ると、本件疑惑の端緒に際しても、本件疑惑の再燃に際しても、慎重かつ配慮ある対応を怠った三浦棋士にも反省すべき点がないわけではない。
 また、三浦棋士は、上記第4の3(3)エのとおり、2016年10月11日に休場の申し出をしたにもかかわらず、翌12日にはかかる申し出を撤回している。もとより、休場の意向を示した場合であっても、その意向を撤回して休場届を提出しないことは、原則としては許容されると解される。しかし、本件では、連盟は、竜王戦七番勝負開催まで時間が全くなく、本件疑惑への迅速な対応を求められていた中で、三浦棋士の休場の申し出を受けて、丸山棋士に竜王戦七番勝負への出場を要請し、また、かかる挑戦者変更について読売新聞社に説明をして了承を得る等挑戦者変更に向けた手続きを進めていた。このような特殊な状況下において、三浦棋士が急遽休場の意向を撤回したことによって、連盟や竜王戦七番勝負の関係者に深刻な事態をもたらしたことは否定し難い。

4 本件調査事項②についての結論

 以上の事情を総合考慮すると、連盟の三浦棋士に対する本件処分は、連盟の連盟所属棋士及び公式戦に対する規律として許容される範囲内の措置であり、やむを得ないものと評価されるべきである。ただし、以上述べたとおり、本件処分は、連盟の目的達成のために、三浦棋士個人に不利益が生じた場合といえるため、上記2(4)のとおり、失われた利益の多寡を含む上記総合考慮の諸要素等に照らし、連盟が三浦棋士に対し、何らかの補償を検討することが適切である。
 なお、本件処分は、本件疑惑に対してやむを得ず行われた措置であり、「処分」という表現はいささか適切さを欠くといえる。もっとも、措置が内容的に許容されるものであった以上、表現が適切でない点は、措置の効力を否定するものとまではいえない。
 また、連盟が本件処分のような措置を採るためには常務会の決議が必要と解されるが、本件処分の決定は常務会を構成する一部のメンバーで行われており、本来の決議はなされていない。しかし、2016年10月11日の時点において、三浦棋士からの休場の申し出等を踏まえ、同棋士を竜王戦七番勝負に出場させない方向性については常務会の全理事間で共有されていたといえること、数日以内に決定に参加していなかった理事の事後的な追認を得ていること、三浦棋士が休場の申し出を撤回した時点以降連盟として緊急の対応を余儀なくされたこと等を考慮すると、この手続上の問題も、本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。
 さらに、連盟の三浦棋士に対する通知書には本件疑惑について直接的には言及されていない点で若干正確性は欠くものの、通知書全文を見れば実質的には本件疑惑も含んで総合的に判断したことは明らかであり、本件疑惑について直接的に言及しなかったのは、三浦棋士の名誉に対する配慮もあったといえることから、不合理であるとまではいえず、やはり本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。

第7 本調査を踏まえた当委員会の提言

 将棋ソフトの棋力の向上により、今や連盟は未曽有の危機に直面している。将棋ソフトが存在しなかった時代あるいはソフトの棋力が弱かった時代においては、プロ棋士同士は互いに信頼し、互いの棋力を戦わせることに全身全霊を傾け、連盟はそうした戦いの場を設けることに専心していればよかった。しかし、本調査に基づけば、将棋ソフトの棋力が最強の棋士と互角となり、これを凌駕する勢いとなった時代を迎え、対局者が将棋ソフトを使うのではないかという疑心暗鬼がプロ棋士の心の中に生じてきたことを見逃すことはできない。こうした不信感を放置すれば、やがて棋士はもちろん、次世代のプロ棋士を志す者、将棋を愛好する人々の心に影を落とし、将棋という我が国の精神文化を内部から腐食させてしまう危険を感じざるを得ない。連盟は、そうした事態を直視し、的確に対処する責任がある。
 例えば、将棋の普及においても、少年少女に人知の限りをぶつけ合う尊さを教え、他方で将棋ソフトの正しい位置づけを示す必要に迫られている。公式戦においても、対局したプロ棋士に疑心暗鬼を生じさせない合理的システムを構築する必要に迫られている。電子機器を持ち込ませないための具体的手続き、故意の有無を問わず対局室(指定された休憩室等の関連領域を含む。)に電子機器を持ち込んだ場合の敗戦等の制裁、対局中の行動の規制、不正行為に対する除名を含む処分等について、現実を直視し、精神文化を守るための体系的な規程を早急に整備すべきであろう。
 幸い連盟の会員は皆将棋を愛し、知力に満ちた人々である。この時代に即して将棋ソフトの正しい位置づけを大いに議論し、将棋の正しい普及と、公式戦の清廉さを守る賢い道を見出してもらいたいと切に願わざるを得ない。最後に、当委員会は、三浦棋士が不正行為を行ったと認めるに足る証拠はないとの結論を示した。連盟は、三浦棋士を正当に遇し、同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう、諸環境を整え、一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。

 以上、報告する。

 (2017年1月16日、日本将棋連盟ホームページに掲載)

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