第三者調査委員会の調査報告書の概要

                             第三者調査委員会
                             委員長 但木敬一

 以下が、公益社団法人日本将棋連盟(以下「将棋連盟」という。)に本日提出した調査報告書の概要である。

第1 第三者調査委員会設置の経緯及び概要

 将棋連盟は、連盟所属棋士である三浦弘行棋士(以下「三浦棋士」という。)について、公式戦の対局中に、スマートフォン等を使用して、将棋ソフトから得た情報を用いるという不正行為(いわゆる「ソフト指し」)に及んだのではないかという疑惑がある中、三浦棋士が一旦休場の意向を示したにもかかわらず休場届が提出されなかったこと、竜王戦七番勝負及びその前夜祭が迫っており関係者への影響が甚大であったこと等を理由に、2016年10月12日に、三浦棋士に対し、同日から同年12月31日までの出場停止処分(以下「本件出場停止処分」という。)を行った。
 その後、将棋連盟としては、三浦棋士がかかる不正行為を行ったのかどうか、かかる処分が妥当であったのかどうかについて、第三者に客観的かつ中立的な立場から調査を依頼する必要があると判断し、2016年10月27日、当委員会の設置を決め、第2に記載する内容の調査を委嘱した。
 当委員会は、将棋連盟及び三浦棋士のいずれとも利害関係のない下記の3名で構成されている。

  委員長 但木敬一 森・濱田松本法律事務所・弁護士(元検事総長)
  委員  永井敏雄 卓照綜合法律事務所・弁護士(元大阪高等裁判所長官)
  委員  奈良道博 半蔵門総合法律事務所・弁護士(元第一東京弁護士会会長)

 また、当委員会は、その補佐として、奥田洋一弁護士、山内洋嗣弁護士、白坂守弁護士、増田慧弁護士、大西良平弁護士、金山貴昭弁護士(いずれも森・濱田松本法律事務所所属)を選任し、当委員会の職務の補助を委託した。

第2 本調査の調査事項及びその結論

1、調査事項①(不正の有無)

 当委員会は、三浦棋士が、今回の疑惑の対象となった次の4対局(以下「本件4対局」という。)において、対局中に将棋ソフト「技巧」を用いるという不正行為に及んだか否かについて、調査した。

日付公式戦名対局相手
2016年7月26日竜王戦 決勝トーナメント久保利明棋士
2016年8月26日竜王戦 挑戦者決定三番勝負第2局丸山忠久棋士
2016年9月8日竜王戦 挑戦者決定三番勝負第3局丸山忠久棋士
2016年10月3日名人戦 A級順位戦渡辺明棋士

 本調査の結果、これらの4対局において、三浦棋士に対する疑惑の根拠として指摘された点はいずれも実質的な証拠価値に乏しいものであったといわざるを得ず、三浦棋士が上記不正行為に及んでいたと認めるに足りる証拠はないと判断した。

2、調査事項②(本件出場停止処分の妥当性)

 当委員会は、本件出場停止処分の妥当性について、調査した。
 本調査の結果、本件出場停止処分は、竜王戦七番勝負の開幕を数日後に控えながら、上記不正行為疑惑が解消されないという非常事態における措置として、将棋連盟の連盟所属棋士及び公式戦に対する規律権限の範囲内にあり、当時の判断としてはやむを得なかったものであると判断した。

第3 結論に至った理由

1、調査事項①(不正の有無)

 当委員会は、調査事項①に関しては、大要以下の内容の調査を実施し、その過程で、(ⅰ)2016年7月26日の竜王戦決勝トーナメント(久保戦)については、不正の根拠の一つとされていた、夕食休憩後に三浦棋士が自分の手番で約30分の離席をしたという事実がないこと、(ⅱ)同年8月26日及び同年9月8日の竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局及び第3局(丸山戦)においては、夕食休憩後、連盟理事が対局中の三浦棋士を監視していたにもかかわらず、同棋士に不審な行為は認められなかったこと、(ⅲ)対局相手である丸山棋士は、2局のいずれについても、三浦棋士が対局中に不正行為に及んだとの疑いは抱かなかったこと、(ⅳ)同年10月3日に行われたA級順位戦(渡辺戦)を含め不正の根拠の一つとされていた一致率が分析毎にばらつく指標であり、不正の根拠とはならないことなどが判明した。当委員会は、これらの事実及び以下の内容を含む調査の結果を踏まえ、上記結論に至った。

(1)三浦棋士から提出を受けたスマートフォンやパソコンなどの電子機器の解析

 三浦棋士から提出を受けたスマートフォンやパソコンなどの電子機器(家族のものを含む)について、外部業者である株式会社FRONTEOに解析を依頼し、必要かつ可能な範囲で、インストールされているソフトウェア、起動・通信の痕跡などの調査を行った。
 その結果、これらの電子機器から、三浦棋士が本件4対局で不正行為に及んだことをうかがわせる痕跡は確認されなかった。

(2)「技巧」による分析結果と三浦棋士の指し手の一致率等の分析

 今回の疑惑の根拠の一つとして、本件4対局における三浦棋士の指し手と技巧が示す指し手の一致率の高さ等が挙げられていたため、当委員会は、一致率等が三浦棋士が不正に及んだことの根拠となるかを調査する必要があると考えた。
 そこで、当委員会は、①本件4対局における三浦棋士の指し手の一致率等の計測(各対局について一定条件の下で10回ずつ計測)、②三浦棋士及び本件4対局の対局者を含む連盟所属棋士10名(タイトル保持者等を含む)が指した公式戦35局(合計350局)の対局における一致率等の比較分析という二つの角度から調査を実施した。かかる調査においては、膨大な数値の処理等が発生するため、その作業を外部業者である株式会社FRONTEOに委託した。
 その結果、上記①の計測によれば、そもそも、一致率等は、計測の都度相当にばらつく数値であり、不正を認定する根拠に用いることは著しく困難と判断した。ただ、当委員会は、念のため、上記②の分析も実施したが、結論において、本件4対局と同じ程度の一致率等は、三浦棋士が指した他の対局(技巧が一般公開される前に実施された対局を含む。)でも、また、他の棋士の指し手でも数多く認められ、やはり一致率等の値を不正認定の根拠に用いることはできないと判断した。

(3)対局中の映像の分析

 当委員会は、本件4対局のうち2016年10月3日に行われたA級順位戦(渡辺戦)以外の3局については、対局室における対局者の様子を映した映像が将棋連盟に残存していたため、その提供を受けた。そして、このような対局中の映像を視聴することにより、三浦棋士の当該3局中の離席状況等について分析を行った。
 その結果、映像が残っている対局については、対局中の映像から、三浦棋士が不正行為に及んだことをうかがわせる痕跡は確認されなかった。なお、かかる映像分析により、上述のとおり、三浦棋士が、2016年7月26日の竜王戦決勝トーナメント(久保戦)において、夕食休憩後に自分の手番で約30分の離席をしたという事実はないことが判明した。

(4)疑惑のある指し手についての分析

 本調査の過程において、本件4対局における三浦棋士の指し手及び感想戦における発言に関し、指し手自体又は指し手に付随する事情(離席状況等)を考え合わせると、三浦棋士が自力で指したとは考えづらく、不正行為の根拠となるという指摘が認められた。
 そこで、当委員会としては、かかる疑惑の指摘について、事実関係を確認するとともに、指摘には高度な将棋知識を要する内容も含まれていたことから、可能な範囲で、連盟所属棋士に対するヒアリングの中で見解を聴取し、その結果を分析した。これらの分析に参加していただいた棋士は、久保利明棋士、郷田真隆棋士、佐藤天彦棋士、佐藤康光棋士、千田翔太棋士、羽生善治棋士、丸山忠久棋士、渡辺明棋士。
 その結果、多くの連盟所属棋士(プロ棋士)が、三浦棋士が将棋ソフトの助けを借りずに、自力で指した指し手として不自然ではない、離席の長さやタイミング自体が不正の直接の根拠とはならないなどの見解を呈し、2016年8月26日及び同年9月8日の竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局及び第3局においては対局相手である丸山棋士も、2局のいずれもについて、三浦棋士が対局中に不正行為に及んだとの疑いは抱かなかったと述べるなどしたため、当委員会は、本件4対局における三浦棋士の指し手等が、同棋士が不正行為に及んだことの根拠になるとは認められないと判断した。

(5)小括

 当委員会が調査事項①について上記結論に至った理由は以上のとおりである。

2、調査事項②(本件出場停止処分の妥当性)

 当委員会は、調査事項②に関して、関係者に対するヒアリング等から、認められた事実関係を前提に、大要以下の理由から上記結論に至った。

(1)将棋連盟の連盟所属棋士に対する規律の在り方

 将棋連盟は、公益社団法人として、将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与するという目的を達成するために、公式戦の主催・運営を含む事業を行っており、共同主催者らとともに各公式戦を滞りなく運営することが求められている。
 連盟所属棋士は、内部規約上の会員等というだけではなく、全員が一般社団法人及び一般財団法人に関する法律上の社員としての地位を有しており、棋力が一定の水準に達しているだけでなく、将棋連盟の上記目的に賛同した者に限られている。
 将棋連盟においては、上記の将棋連盟の目的及び連盟所属棋士との関係に沿った団体運営が求められ、その一内容として、将棋界で築き上げられてきた伝統及びそれに伴い醸成されてきた連盟所属棋士及び公式戦に対する信頼を維持していくために、団体として、その所属する連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限を有し、同時に、その責務を負っている。また、将棋連盟は、上記目的の実現のために、将棋連盟、公式戦及び連盟所属棋士に対する信頼を維持し、共同主催者ら関係者と良好な関係を維持することを通じて、事業に重大な支障をきたすような事象を防ぐ目的でも、連盟所属棋士及び公式戦を規律する権限を有し、その責務を負っているというべきである。
 一方、連盟所属棋士は、上記の将棋連盟の目的に賛同し、将棋連盟という団体の一員として連盟所属棋士・将棋連盟社員となった以上、その事業に重大な支障をきたす事象を防ぐことを含めた上記目的の実現のために必要な範囲で、自ら及び自ら対局する公式戦が将棋連盟の規律に服することは当然に予定されており、将棋連盟がかかる規律を及ぼすことは可能というべきである。現に、公式戦の対局行為に関する規定である対局規定は、その第1章第2項において「本規定にはない条項は、常務会が判断・措置するものとする」と定めており、常務会を通じた広範な規律を定めている。
 ただし、将棋連盟による規律も無制限ではなく、その範囲は、将棋連盟の目的との関係における必要性の有無・程度、その緊急性、将棋連盟の事業に与える影響、かかる必要性・緊急性に照らした処分内容の相当性、規律を及ぼすことに起因する連盟所属棋士の利益に対する制約の程度、必要性に照らした制約の許容性、当該連盟所属棋士の帰責性等を総合考慮して個別具体的に判断することが妥当と解される。
 また、連盟所属棋士個人には必ずしも帰責性がない、あるいは、当該規律を及ぼすべきほどの高い帰責性が認められない場合であっても、将棋連盟が、その事業に重大な支障をきたす事象を防ぐことを含めた上記目的の実現のため、特定又は一部の連盟所属棋士に対し、一定の規律を及ぼすべき場合があることは否定できない。この点、上記の将棋連盟と連盟所属棋士の関係性からすれば、連盟所属棋士において、将棋連盟と連盟所属棋士の利益が背反する場面があり得、場合によっては、将棋連盟の目的達成を優先させなければならないことがありうることは当然に想定されることであり、このことは、連盟所属棋士も明示的又は黙示的に受け入れているというべきである。
 加えて、連盟所属棋士に不正行為、怠慢行為等が認められた場合に、将棋連盟が当該連盟所属棋士に規律を及ぼせることはもちろん、こうした行為の疑いやおそれが生じている場合においても、連盟所属棋士としての身分継続や公式戦出場などにより、棋戦や将棋連盟への信頼が深刻に損なわれ上記目的の達成が困難となったり、事業に重大な支障が出たりする危険があるときは、疑いの真偽を見極める間あるいはこうした行為のおそれがなくなるまでの間、連盟所属棋士の身分を停止したり、公式戦への出場を停止させたりすることもまた、将棋連盟による規律として認められる場合があるというべきである。

(2)本件出場停止処分の妥当性

 上記のとおり、結果的には三浦棋士が不正行為を行ったと認めるに足りる証拠はなかったものであり、それによれば、本件出場停止処分の妥当性に疑念が生じることは確かである。
 しかし、本件出場停止処分の妥当性を正しく判断するためには、そのような現時点から見た結果論ではなく、処分当時における本件出場停止処分の必要性及び緊急性等を見る必要がある。具体的には、処分当時、現に三浦棋士に対するソフト指し疑惑が強く存在していたこと、三浦棋士をそのまま竜王戦七番勝負に出場させることとした場合、大きな混乱が生じることが必至であり、将棋連盟や将棋界に対する信頼やそれらの権威が大きく傷つくことが容易に想像されたこと、処分当時は、竜王戦七番勝負の開幕を3日後に控え、時間的余裕が全くなく、将棋連盟として他に採り得る現実的な選択肢がほぼなかったこと、三浦棋士が竜王戦七番勝負の休場の申し出を行ったことを受けて、将棋連盟は挑戦者交代について共同主催者らの承諾を得ており、三浦棋士が休場の申し出を撤回した時点では、もはや後戻りができなくなっていた面もあったことなどから、処分当時には、将棋連盟が本件出場停止処分を行う高い必要性・緊急性があった。
 また、竜王戦七番勝負の開催期間、調査に要する期間、疑惑が払拭されていない状態で三浦棋士を竜王戦七番勝負以外の公式戦に出場させた場合であっても、将棋連盟の自浄作用が疑われ、当該棋戦に対する信用失墜につながるおそれがあったことなどを踏まえれば、竜王戦七番勝負を含むすべての公式戦について2016年12月31日まで出場停止としたことは許容される。

(3)小括

 当委員会が調査事項②について上記結論に至った理由は以上のとおりである。

第4 本調査を踏まえた当委員会の提言

 将棋ソフトの棋力の向上により、今や将棋連盟は未曾有の危機に直面している。将棋ソフトが存在しなかった時代あるいはソフトの棋力が弱かった時代においては、プロ棋士同士は互いに信頼し、互いの棋力を戦わせることに全身全霊を傾け、将棋連盟はそうした戦いの場を設けることに専心していればよかった。しかし、本調査に基づけば、将棋ソフトの棋力が最強の棋士と互角となり、これを凌駕する勢いとなった時代を迎え、対局者が将棋ソフトを使うのではないかという疑心暗鬼がプロ棋士の心の中に生じてきたことを見逃すことはできない。こうした不信感を放置すれば、やがて棋士はもちろん、次世代のプロ棋士を志す者、将棋を愛好する人々の心に影を落とし、将棋という我が国の精神文化を内部から腐食させてしまう危険を感じざるを得ない。将棋連盟は、そうした事態を直視し、的確に対処する責任がある。
 例えば、将棋の普及においても、少年少女に人知の限りをぶつけ合う尊さを教え、他方で将棋ソフトの正しい位置づけを示す必要に迫られている。公式戦においても、対局したプロ棋士に疑心暗鬼を生じさせない合理的システムを構築する必要に迫られている。電子機器を持ち込ませないための具体的手続き、故意の有無を問わず対局室(指定された休憩室等の関係領域を含む。)に電子機器を持ち込んだ場合の敗戦等の制裁、対局中の行動の規制、不正行為に対する除名を含む処分等について、現実を直視し、精神文化を守るための体系的な規程を早急に整備すべきであろう。
 幸い将棋連盟の会員は皆将棋を愛し、知力に満ちた人々である。この時代に即して将棋ソフトの正しい位置づけを大いに議論し、将棋の正しい普及と、公式戦の清廉さを守る賢い道を見出してもらいたいと切に願わざるを得ない。
 最後に、当委員会は、三浦棋士が不正行為を行ったと認めるに足る証拠はないとの結論を示した。将棋連盟は、三浦棋士を正当に遇し、同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう、諸環境を整え、一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。

                                    以上

 (2016年12月26日、記者会見で公表)

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