竜王戦挑戦者差し替え事件その後2

―三浦九段の被害回復と連盟常務会の責任

 【2017年1月5日、最終更新2017年7月12日】

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 「竜王戦挑戦者差し替え事件その後1―第三者調査委員会の調査報告への疑問」の続きです。2016年12月26日に第三者調査委員会の報告があり、翌27日に三浦九段と連盟がそれぞれ記者会見を行いました。それらの内容については、次のニコニコ生放送、新聞記事、連盟の公式発表、テレビニュースをご覧ください。

▽三浦九段の記者会見
 ニコニコ生放送《将棋ソフト使用疑惑は不正なし》三浦弘行九段 記者会見 生中継
 三浦九段の記者会見(書き起こし) 【2017年7月12日追加】
 毎日新聞 処分、極めて不当…三浦九段・会見一問一答
 産経新聞 三浦弘行九段会見詳報「うーん。まあ、無理なんでしょうけど、竜王戦をやり直してほしい」

▽連盟の記者会見
 連盟の公式発表 第三者委員会調査結果を受けて(谷川会長の会見要旨)
 朝日新聞 離席発言「真偽の調査を怠った」 将棋連盟の説明詳細
 産経新聞 日本将棋連盟会見詳報「週刊誌に記事が…出場停止はやむを得ない判断だった」

▽両記者会見を受けたテレビニュース
 NHK 将棋の三浦九段が会見「元の状態に戻してほしい」

三浦九段の記者会見

 三浦九段の会見は本当に人の良さがにじみ出たもので、誰かを強く非難するような場面はまったくありませんでした。それでも冒頭発言では、第三者調査委員会の報告で、久保戦の30分の離席が実際にはなかったことや、丸山戦2局で理事が監視していたのに不審な点はなかったと明らかにされた点について「驚いた」と述べ、「それなら疑惑自体がそもそもなかった」、「そのまま竜王戦七番勝負に私を出場させればよかった」と、処分への疑問を口にしました。また1月3~4日の地元群馬県内の将棋イベントへの出演予定が、連盟によって勝手にキャンセルされたことも明らかにしました。これらの発言は、三浦九段としては精一杯の憤懣の表白に見えました。この辺はぜひ上記リンクの「ニコニコ生放送《将棋ソフト使用疑惑は不正なし》三浦弘行九段 記者会見 生中継」をご覧ください。

 三浦九段は、連盟に求めたいことを問われ、「無理なんでしょうけど、元の状態に戻してほしい。難しいんでしょうけど、竜王戦を…。元の状態に戻してほしい」と、竜王戦七番勝負をやり直してほしいと訴えました。まったく当然の話です。

 会見に同席した代理人の横張清威弁護士は、「第三者委員会は将棋連盟が多額のお金を出して雇っている弁護士で、残念ながら依頼者の連盟を有利に書いてしまうのは仕方ない」としつつも、「処分の妥当性が『やむを得なかった』というのは、連盟に寄り添った意見できわめて不当」と述べ、報告の内容を批判しました。
 その中で、処分の根拠とされた不正疑惑の存在については「疑惑ではなく、一部棋士による邪推に過ぎない」とばっさり。また三浦九段が竜王戦の休場を申し出たとされている点については、10月11日の聴取の際の理事たちとのやりとりの一部を明かし、経緯の不当性を主張しました。詳しくは上記リンクの新聞記事などをご覧ください。

連盟の記者会見

 前日の第三者調査委員会の記者会見と、連盟の2時間前に行われた三浦九段の記者会見は、ともにニコニコ生放送の生中継がありましたが、連盟は生中継も動画の撮影も一切拒否しました。上記NHKニュースが「日本将棋連盟は27日夕方、テレビカメラでの撮影を拒否したうえで東京で記者会見しました」と伝えたほどなので、NHKも怒ったのでしょう。

 谷川会長は会見の冒頭で「常務会の判断が妥当だったとはいえ、結果的に三浦九段につらい思いをさせてしまったことは本当に申し訳なく思っている」と三浦九段に謝罪しました。
 聴取(10月11日)以降の対応については「週刊誌に不正疑惑の記事が掲載されることが確定的で、竜王戦の中止という最悪の結果となる可能性もあった」と強調し、出場停止処分については「時間的な余裕も現実的な選択肢もほとんどない中で、やむを得ない判断だった」と繰り返しました。

 質疑応答で、常務会の当初の判断について問われると、谷川会長や島理事は、久保戦の30分の離席がなかったことについて「知って驚いた」、「真偽を調査しなかったのは痛恨の極み」と繰り返し、調査が不十分でスタート時点から間違っていたことを認めました。また10月11日の聴取では、前日の「極秘会合」からの流れで「黒」扱いする空気がある中で三浦九段を追及したことを認めました。
 また、この聴取の場で三浦九段に休場を強要したのかどうかについて、中川理事は「島理事が電話で席を外したときに、三浦九段の口から『こういう状態では竜王戦は指せない。事態が収束してから集中して指したい』と。休場については三浦九段から複数回発言があり、それに伴って休場届の提出を求めたというのが事実」と述べました。
 三浦九段が竜王戦のやり直しを希望していることに対し、島理事は「竜王戦は七番勝負が行われて成立したと考えている」と述べ、やり直しはできないという考えを示しました。
 常務会の責任について谷川会長は、「外部理事の意見をいただき、常務会の行ったことが妥当と報告をいただいたので責任をとる必要はないとの答えだった」とした上で、▽7月の関西の月例報告会以降、電子機器の取り扱いの規定を厳しくすることを怠った▽久保九段の発言が正しいかどうかの調査を怠った―の2点に関しては常務会に責任があると認めました。ただし「私たちも投げ出すわけにはいかない。棋界の正常化や他にも進めている案件があるので、粛々と職を全うしていくべきだと考えている」と述べて辞任は否定。理事8人を減給処分にすることを明らかにしました。

三浦九段が受けた不利益の回復、名誉回復

 記者会見の席で谷川会長は「竜王戦は無事に終了した」と述べました。これには多くの将棋ファンがカチンと来たようです。三浦九段の挑戦権を剥奪し、竜王戦七番勝負の正当性が疑問視される状況まで生んでおいて、どこが「無事」なのでしょうか。これが棋士の発言でしょうか。

 第29期竜王戦はもう終わったと言うのなら、第29.5期竜王戦として渡辺竜王と三浦九段の間で七番勝負をやればいいのです。今回の常務会の不始末を何もなかったことにせず、「第29.5期竜王戦」という形で将棋の歴史の中に永久に刻めばいいのです。
 第29期竜王戦を戦った丸山九段には、連盟または責任のある理事の負担で正当な報酬を支払います。その他、新たに生じる負担はすべて連盟または責任のある理事が背負います。渡辺竜王の賞金はお預けで、第29.5期竜王戦の結果に応じ、勝者と敗者にそれぞれ本来の賞金・報酬を支払います。

 A級順位戦も、11月分以降の5局はすべて指せばいいのです。まだ1月初めなのだから、時間は十分にあります。「順位戦は1か月に1局しか指せない」なんて言ったら、普通の人はあきれますよ。竜王戦、A級順位戦以外の対局も、可能なものは指し直します。
 指し直せない棋戦や、その他のさまざまな被害については、金銭的な補償を話し合うことになるでしょう。

 三浦九段の名誉回復は何より重要な課題です。そのためにも、まずは出場停止処分を撤回することが望ましいと思います。第三者調査委員会の調査報告でさえ、処分は「当時の判断としてはやむを得なかった」と言っているだけで、現時点から見たら明らかに間違っているのですから。
 出場停止処分の期間は12月31日で終了しており、処分を撤回しても実質的な意味はなく、過ぎた日々は帰って来ませんが、それでもまずは処分の誤りを認め、広く内外に知らせることが三浦九段の名誉回復の第一歩です。

常務会の責任

 上記のとおり谷川会長は、▽7月の関西の月例報告会以降、電子機器の取り扱いの規定を厳しくすることを怠った▽久保九段の発言が正しいかどうかの調査を怠った―の2点についてのみ常務会に責任があると認め、理事8人を減給処分にすると発表しました。本当にこれで済むと思っているのだとしたら、開いた口がふさがりません。外部理事が何を言ったか知りませんが、処分が妥当なら常務会には責任がないとでも思っているのでしょうか。

 企業でも役所でもどんな組織団体でも、社員や職員の不祥事があれば、本人だけでなく監督責任を負っている役職者も責任が問われ、大きな不祥事ならトップが責任を取ります。今回もしも三浦九段が黒だったら当然、不正の発生を防ぐべき立場にいた常務会の責任が問われ、事件の重大性から見て会長の辞任は不可避です。
 一方、今回のように三浦九段が白だった場合、今度は、そもそも疑惑が生じない対策を講じて無用な疑惑から棋士と棋戦の価値を守らなければならなかった常務会の責任が問われます。それにまして今回は、常務会自身が間違いを犯して棋士の対局機会を奪い、三浦九段に甚大な不利益を与え、竜王戦七番勝負の正当性を傷つけ、事後対応も不適切で満足な説明1つせず、将棋界を混乱させ連盟に対するファンの信頼を損なったのだから、その責任はきわめて大きく、会長は辞任して謝罪するのが当然です。
 つまり三浦九段が白でも黒でも、また常務会が行った処分が妥当でも不当でも、常務会には、そもそもこのような疑惑の発生を防げなかったこと自体に責任があります。その後の対応が適切なら減給処分くらいでよかったかも知れませんが、今回は常務会の対応の間違いによって影響が大きくなり、取り返しの付かない事態になったのだから、社会常識で言えば会長が辞任するのが当然の事件なのです。それなのに「処分は妥当と報告をいただいたので責任をとる必要はない」などというのは、論理のすり替えと思い違いもはなはだしいと言わざるを得ません。

 会長や理事が自ら責任を取らないなら、棋士たちが総会で追及して辞めさせることもできますが、常務会の面々は「どうせ棋士総会で大した突き上げを受けることもない」と高をくくっているのでしょう。こんな常務会の存在を許しているということは、棋士の大半は常務会よりバカなのでしょう。あるいは「運営は理事をやりたい人でやってくれ。自分は面倒はご免だ」と思っているのかも知れません。谷川会長や理事たちは「投げ出すわけにはいかない」と言って居直っており、棋士の大半もそれを認めるつもりなのかも知れません。しかし、そんなことを言っている場合ではありません。今が非常事態中の非常事態だということが分かっているのでしょうか。
 もし棋士たちが声を上げず、このまま会長や理事の責任が問われることなく過ぎていくのなら、この組織は本当にもうだめです。その時は、もうこんな組織は放っておいて、みんなで世界将棋協会をつくりましょう。

 なお、第三者調査委員会の提言で「未曾有の危機に直面している」と書かれているのは「将棋連盟」であって、「将棋界」ではありません。将棋連盟がどうなろうと関係なく、将棋界は続いていきます。
 それから、将棋連盟が危機に直面した原因は「将棋ソフトの棋力の向上」ではありません。過去10数年の運営の無能です。
 (2017年1月7日追記)

渡辺竜王の責任問題

 今回の竜王戦挑戦者差し替え事件に関連して、渡辺竜王の責任問題も浮上しています。実際に責任があるかどうかは詳しい経緯が明らかにならないと分かりませんが、私が考えるところでは、問題になる可能性があるのは3点です。渡辺竜王が常務会に調査・対応を要請したこと自体は別に問題ではありません。問題はその前後のことです。

 1つ目は、渡辺竜王が理事に言ったとされる「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」(産経ニュース)という発言が、どういう意図による発言だったのか、また実際に挑戦者差し替えに影響したのかどうかです。

 渡辺竜王の発言が実際にどのような言葉だったのかは分かりませんが、少なくとも理事たちは産経の記事にあるように受け取ったわけです。棋士が対局拒否をすれば問題になりますが、タイトル保持者である渡辺竜王が対局拒否をちらつかせて挑戦者の交代を強要したとなれば、それは竜王の地位にかかわる大問題になってしまいます。
 これに対し渡辺竜王は「三浦さんを処分してほしいとは全く言っていない」、「本意とは違う形で間違って伝わっている」(スポーツ報知)と釈明。また自身のブログでも「言葉のあや、解釈の違い、さらに報道を介すことで自分の本意ではない形で世に出てしまいました」と釈明しました。対局拒否や挑戦者を交代させる意図はなかったと釈明しているわけで、そのまま受け取るしかありませんが、挑戦者を交代させる意図が本当になかったのかどうかは、ちょっと微妙なところです。

 本人の意図は別にして、渡辺竜王の発言が挑戦者差し替えに実際に影響したとすれば、やはりその発言を問題にせざるを得ません。実際のところは、常務会メンバーが三浦九段は黒と思い込み、また週刊誌に記事が出るという情報にあわて、受動的というよりは主体的に挑戦者差し替えに動いたように感じられます。そうだとすれば、発言の直接的な影響は決定的なものではなかったと言えるかもしれません。

 2つ目の問題は、渡辺竜王が常務会に調査・対応を要請しただけでなく、10月11日の聴取の場で自身が直接、三浦九段を追及したとみられることです。
 週刊文春10月27日号には「三浦九段と渡辺竜王、千田五段が対峙し、その周囲を連盟の理事たちが囲んだ」とあります。渡辺竜王はブログで「週刊文春に掲載された記事内容は、個人的にはおおむね間違っていないように思います」と書いているので、だいたいこんな状況だったのでしょう。その通りだとすれば、それは「聴取に同席」というレベルを超えています。
 これは渡辺竜王の責任問題という以前に、そんな形で聴取を行った常務会がどうかしています。この時の聴取については、三浦九段が自ら「休場する」と言ったのかどうかという別の問題もあります。録音がないというのもおかしな話で、実は隠されていて、ひょっこり出てきたりしないかと、ひそかに期待していたりもします。

 3つ目の問題は、週刊文春10月27日号の「渡辺竜王独占告白」の記事です。問題になるのは、他の場では何も話していないのに、このような形で1週刊誌だけの独占的な取材に応じたことと、三浦九段をほぼ完全に黒扱いした内容です。

 常務会や渡辺竜王が心配し、処分を行う大きな理由になったとされている週刊誌報道というのは、週刊文春のことと見て間違いないでしょう。渡辺竜王や島理事は10月上旬に週刊文春と接触し、記事が出る前に挑戦者差し替えを行い、その代わりに週刊文春に独占的に情報を流すという「裏取引」をしたのではないでしょうか。
 これがタイトル保持者や常務会の理事ではないただの1棋士がやったことなら、別に独占告白をしようと何をしようと、それ自体は問題にはなりません(内容の問題は別)。渡辺竜王や島理事は、公的に外部にきちんと説明する責任がありながら、他の場では詳しい説明をせず、1週刊誌に対してだけ特別な便宜を図り、しかも自分たちに都合のいい記事を書かせているのだから、大きな問題です。

 渡辺竜王のブログには「三浦九段の対局中の行動及び、棋譜の観点からも疑問が生じている(ソフト指しがあったと断定はしていない)」、「常務会が三浦九段を呼んだ時点ではソフト指しがあったと決め付けているわけではなく、処分ありきでもなく、あくまで話を聞く場でした」とありますが、これは常務会の表向きのスタンスであって、週刊文春の記事で渡辺竜王自身が三浦九段を黒だと決め付けていたことは否定できません。
 「プロなら(カンニングは)分かるんです」。「これは間違いなく"クロ"だ」。週刊文春10月27日号の記事に出てくる渡辺竜王の言葉です。

週刊文春の記事

 今回の件で週刊文春が関係記事を掲載したのは10月27日号、11月3日号、1月5日・12日号の3回です。

 10月27日号(10月20日発売)の記事は上記のとおり渡辺竜王と島理事が主な情報提供者で、連盟のまともな公式発表が何もない中で「連盟側の対場を説明する公式ガイドブック」とさえ言われました。この2人から情報を得ているだけに、記事からは多くの新事実が分かりました。主な点は、▽渡辺竜王が不正疑惑の追及を主導した、▽10日に島理事の自宅で棋士7人の極秘会合があった、▽千田五段が一致率の検証に関与した、▽疑惑が持たれているのは計4局で、久保戦(7月26日)、三浦戦2局(8月26日、9月8日)、渡辺戦(10月3日)、▽渡辺竜王が指摘した疑惑の根拠は①離席の多さとタイミング、②ソフトとの一致、③三浦九段が感想戦で示した読み筋とソフトの一致。
 具体的に使用が疑われたソフトが「技巧」だということも分かり、記事はスマホでパソコンを遠隔操作した疑いを強く印象付ける書き方でしたが、実際に疑われているのがスマホ単体の不正なのか遠隔操作なのかは明確には書いてありません。
 記事の中で疑惑の根拠として挙がっているのは結局、離席や一致率の話をもとに「トップ棋士たちが『クロだ』と感じた」こと以外には何もなく、不正の証拠が何もないということもはっきりしました。

 これに対し三浦九段は10月21日に反論文書を公表。また同じ日、疑惑が持たれた4局のうち2局の対戦相手だった丸山九段は「三浦九段との対局で不審に思うことはなかった」(朝日新聞)と証言し、さらに「発端から経緯に至るまで(連盟の対応は)疑問だらけ」、一致率を処分の根拠としていることに「僕はコンピューターに支配される世界なんてまっぴらごめん」(スポーツ報知)と強い嫌悪感を表明しました。さらに同じ日、前項で触れた、渡辺竜王が「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」と言ったという報道も出てきました。
 これらの情報が出てきて、ようやく事件の全体像がおぼろげながら見えてきた感じでした。週刊文春はおそらく丸山九段にも取材しているはずだと思いますが、都合が悪いからカットしたのではないでしょうか。

 週刊文春の2番目の記事は11月3日号(10月27日発売)。この記事の内容は前号から一転してお粗末で、聴取への渡辺竜王の同席、三浦九段のパソコン・スマホの調査の2点については事実上、前号の記事を訂正し、一方、三浦九段からの反論で浮上した重要な事実関係の問題には何も触れませんでした。
 通常、この手のスクープ記事は2週目の続報が大事で、2週目でここまで内容のない質の低い記事しか出なかった時点で、私は今回の挑戦者差し替えは間違いだったという印象を強めました。

 3番目の記事は1月5日・12日号(12月28日発売)。第三者調査委員会の報告(12月26日)を受けて書かれた記事で、タイトルに「渡辺明竜王が『告発は後悔していません』」とあるので、調査報告の後にそう言ったのかと思いきや、この発言は竜王戦七番勝負が終わった(12月22日)直後のもの。この記事の作り方はいくらなんでもおかしいんじゃないの、文春さん。
 渡辺竜王は10月22日の時点でブログに「今回の件、遅かれ早かれこの話が世に出た時には今と同じを立場を取っていたと思います。(棋譜を調べた観点から)」と書いており、ここから記事中の「後悔していません」という発言まではほぼ一貫した同じもの。こちらが知りたいのは、調査報告が出た後のコメントなのに…

 記事の冒頭は、10月8日に渡辺竜王から週刊文春記者に届いた「これが最後になるかもと思いながら指してました」というメールの文面。「最後になる」というのは自分が棋士をやめるかも知れないという覚悟の現われなのか何なのか、これだけではさっぱり意味が分かりませんが、情報提供者からのこういうメールを記事にするのは、手のひら返しの暴露話にも見えます。ここまで来ると、渡辺竜王に責任を押し付けて非難の矛先をそらそうとする意図としか思えません。

 私は週刊文春は30年近く読んでおり、最近の「文春砲」の評判を引用するまでもなくその力は知っているし認めていますが、今回の一連の記事はまったくお粗末でした。

最後に―私自身が感じてきたこと

 10月12日に連盟が三浦九段に対する出場停止処分を発表した後、ほどなく「不正の証拠はない」と分かってからの私の考えは、「実際に不正があったかどうかは別問題で、10月12日付で行われた処分は不当だから撤回すべき」、「不正の有無はきちんと調べ、本当に不正があったのならもっときちんとした処分や必要な対応を行うべき」というものでした。
 ただ、真面目で朴訥な人柄やIT知識の低さから見て、三浦九段はこの種の不正からは最も遠くにいる棋士の1人という印象を持っていたので、客観的ではあるつもりでも中立的ではなく、他サイトのコメント欄などに書いてきた文章には三浦九段を擁護する傾向が出ていただろうと思います。この点、当初の報道で「三浦九段は黒だ」と直感的に感じた方とは逆になったと思いますが、それはその方がそう感じたのだから仕方のない話で、非難する気はありません。

 今回の事件の背景には、棋士たちの心に芽生えた疑心暗鬼があります。ソフトの実力がここ数年で一気にプロ棋士を凌駕したため、もしも相手にソフトを不正使用されたらという疑心暗鬼が生じるのは仕方のないところです。
 疑惑を受ける可能性があったのは三浦九段に限りません。ことさら三浦九段が疑惑を受けてしまったのは、順位戦でA級に復帰したり竜王戦で挑戦者になったりと、好調が目を引いたからではないかという気もします。他の棋士のやっかみ半分とは言いませんが…
 返す返すも連盟の対応の遅れが悔やまれます。

 IT機器対応に限らず、不正対策には次の3つの意味があると思います。
①対局を公正に行うために不正を防ぐ。
②無用の疑惑を受けないように棋士を守る。
③不正を防ぎ、疑惑も生じない態勢を示して棋戦の価値を保証する。

 ①のためによく「今までのような性善説は通用しなくなった」という言い方がされますが、②や③のためには性善説に立った上でなお不正対策が必要なのです。自分が疑われないためにきちんと対策を実行して欲しいということは、以前から多くの棋士が口にしてきているはずで、なぜ最近まで対策が行われなかったのか、まったく不思議です。
 外出なんて今まで許されていたのが異常。2日制の対局だってもうできなくなるかも知れません。IT技術は今後も進歩するので、対策は常に見直しが必要です。スマホどころかウェアラブル端末が出てきて、やろうと思えば外部とさまざまなやりとりをして不正を行うことが可能なのですから。

 一方、プロ棋士や連盟に限らず人間がソフトにどう向き合い、どう付き合っていくかということも重要な課題です。私の実感では、プロの将棋は数年前に極度の閉塞状況に陥って非常に詰まらなくなりました。その閉塞を打破したのはソフトです。この数年、将棋の幅広い可能性を改めて示し続けているのはソフトです。私はソフトが将棋の面白さを取り戻してくれたことに感謝しています。
 (2017年1月8日追記)

喉元過ぎれば?

 1月8日から第66期王将戦七番勝負(郷田王将に久保九段が挑戦)が開幕しました。10~12月の竜王戦では不正対策として金属探知機による手荷物などの検査が実施されましたが、王将戦では金属探知機の使用は見送られたとのこと(スマホなどの電子機器は立会人に預ける)。「ウソでしょ?」という感じです。喉元過ぎれば…でしょうか。

 連盟は昨年の終わりごろから対局時の電子機器の持ち込みと外出を禁止しましたが、タイトル戦については主催社と協議して個別に決めることになっていました。王将戦を主催する毎日新聞の記事には「対局者の意向もあって金属探知機の検査は見送られた」とあります。これはどういう意味でしょうか。
 対局者が「自分はこの相手なら不正はしないと信用しているから、検査は必要ない」とか「自分もそんなもので検査されるのは不愉快だ」とか考え、主催者も「この2人なら信用できるから必要ない」とか考えたということでしょうか。そういう対局者個々の事情に左右される問題ではないはずです。前項でも書いたとおり、不正対策は、不正を防ぎ、対局者を疑惑から守るとともに、不正が起きない態勢であることを示してファンの信頼を得るために必要なのですから。主催者はそのために必要な検査を実施し、「検査が嫌なら帰れ」と言えばいいだけです。

 あるいはそういう理由ではなく、電子機器を預けるだけで十分で金属探知機は必要ないとか、何か根拠をもって説明できる理由があるのでしょうか。竜王戦の時とは何が違うのでしょうか。そういうことを、きちんと説明してくれなければ分かりません。
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