« 飯田周辺の銘桜―その3 | トップページ

飯田周辺の銘桜―その4

 飯田中心市街地の銘桜が次々に開花しています。明日9日の日曜日はまだ少し早いかもしれませんが、来週あたりが見ごろになりそうです。
 今回は一本桜以外のいわゆる花見の名所を紹介します。

<大宮通り桜並木>写真右
17040801 昭和22(1947)年4月の飯田大火の後、防火都市づくりの一環として、市街地を大きく「田」の字に区切るグリーンベルトが設けられました。そのうち飯田動物園から大宮諏訪神社にかけて南北にのびるグリーンベルトが並木通りで、その南半分が飯田市のシンボル「りんご並木」、北半分が「大宮通り桜並木」です。現在の飯田のソメイヨシノ観測の標準木はこの桜並木の中にあります。
 桜並木は約700mの間に約150本の桜があります。なかでもロータリー交差点から大宮諏訪神社までの部分は中央分離帯だけでなく道路両側の桜も大きく育っており、開花時は花のトンネルになります。
 南端の人形時計塔付近のエドヒガンが最も早く開花し、この桜は最近「吾妻一番桜」とも呼ばれるようです。そこから北へと開花が進むため、比較的長い間、並木のどこかが見ごろになります。盛りを過ぎた後の花吹雪も風情があります。
 この桜並木をコースに入れつつ、「安富桜」、「桜丸の夫婦桜」、「黄梅院の紅枝垂れ桜」、「正永寺の枝垂れ桜」、「専照寺の枝垂れ桜」、「清秀桜」などの銘桜をめぐって散策するのがおすすめです。
 秋の紅葉や枝に雪が積もった冬の景色も美しく、「りんご並木」ともども四季それぞれの景色を楽しんでいただきたいところです。
 9日は午前9時から午後3時まで桜並木一帯で「桜祭り」が催されます。

<今宮の桜(城山の桜)>
 飯田市今宮町4の今宮郊外八幡宮や今宮球場の周辺には約千本の桜があるといわれ、中心市街地からも近い花見の名所になっています。昭和22(1947)年4月の飯田大火の後、この一帯に仮設住宅が建てられ、そこで暮らした市民たちがお礼に桜を植えたといわれています。
 背後の丘陵は城山と呼ばれ、かつて飯田工業高校があり、現在は「かざこし子どもの森公園」となって多くの市民でにぎわう憩いの場所になっています。こちらの公園には広い駐車場もあり、家族で公園で遊びがてら花見を楽しむのがおすすめです。

<飯沼石段桜>
 飯田市上郷にある飯沼諏訪神社の長い石段の両脇には、推定樹齢120~150年といわれる山桜など数十本の桜があり、開花時には桜のトンネルになります。
 飯沼諏訪神社のことは昨年、「飯田周辺の御柱祭(中)」の記事で紹介したとおり、段丘先端の城跡に建てられた神社で、段丘崖に300段余りの石段が設けられて表参道になっています。
 飯沼神社の桜として昔から近隣住民に親しまれてきました。「飯沼石段桜」という名称が付けられたのは近年です。
 例年の見ごろは4月上旬。駐車場は神社周辺にはないと思ってください。神社裏側にあたる段丘上の上郷体育館あたりの駐車場を利用し、高陵中学校の北側の細道を抜けて境内に入る道がありますが、分かりにくいかもしれません。

<松川プール>写真右
17040803 飯田市鼎中平の松川右岸と、その脇にある松川プールの周辺には多くの桜が植えられており、昔から近隣住民に親しまれてきた花見の名所です。
 現在は鯉が泳ぐ大きな池ですが、元々は松川から水を引き込んでつくったプールで、小中学校の体育の授業などで使われていました。プール周辺にも松川堤防にもかなりの古木が立ち並んでいます。堤防沿いの桜の名所は他にもありますが、池などの水場の近くにある桜の名所はこの地域では珍しい存在です。
 例年の見ごろは4月上旬。

<佐倉様の桜>
 飯田市北方の佐倉神社の周辺には推定樹齢200~250年の枝垂れ桜4本を中心に多くの桜があり、昔から花見の名所になっています。
 佐倉神社は地元では「佐倉様」と呼ばれ親しまれています。国道153号の飯田インター西交差点から、インターと反対方向の山側の細道に入り、急な斜面をずんずん上っていった先に、駐車スペースとなる広場があります。神社はこの広場からかなり上った場所で、近くを信濃路自然歩道のルートが通っています。背後にある笠松山の登山口もこの近くです。
 桜があるのは広場周辺で、この広場から神社にかけては眺望がよく、南アルプスと伊那谷を一望に見渡すことができます。元旦早朝、ご来光を拝むためにここに上ったこともあります。
 例年の見ごろは4月中旬。駐車スペースはそこそこあります。

<大西公園の桜>写真右
17040805 大鹿村大河原の大西公園にはソメイヨシノを中心に約120種、約3千本の桜が植えられています。公園から小渋川上流方向に見える山は、まさに南アルプス赤石岳。満開の桜ごしに残雪の赤石岳を望むロケーションは、ここでしか見られない秀景です。
 昭和36(1961)年6月に伊那谷を襲った集中豪雨(三六災害)で大西山の山肌が大崩落し、小渋川の濁流を巻き込んだ土砂が対岸の集落をひと呑みにして42人もの犠牲者を出しました。途方もない大量の土砂は取り除きようもなく、そのまま小山となって残りました。背後の大西山には今も崩落の跡が生々しく残り、土砂によって小渋川の流れが変わったことも見て取れます。
 その大災害の傷跡に、犠牲者の鎮魂のためにと桜を植え始めた村民があり、荒涼とした土砂の山はいつしか一面の桜におおわれていきました。次第に村も公園として整備に力を入れ、桜の名所として全国的にも認められる公園になりました。「日本さくらの女王」も何度かこの地を訪れています。
 「三六災害」から今年で56年。桜の樹も大きく育ち、見事な桜の公園になりました。開花期前後には売店がオープンします。15日午前10時から午後3時半まで「大鹿さくら祭り」が催され、開会セレモニーで第11代「大鹿さくらの女王」のお披露目があります。
 例年の見ごろは4月中下旬。松川町中心部から車で40分ほど、飯田市中心部からだと1時間ほどかかります。公園入口まできれいに道路が整備され、広い駐車場があります。

 「大鹿歌舞伎が国重要無形民俗文化財に」の記事で紹介したとおり、大鹿村の大磧神社では5月3日に「大鹿歌舞伎・春の定期公演」があります。その前の4月29日には上蔵の信濃宮で、宗良親王をしのぶ「李花の祭り」も催されます。
 今まで書き忘れていましたが、大鹿村は平成17(2005)年に発足した「日本で最も美しい村」連合のオリジナルメンバー(全国7町村)の1つ。日本の原風景の自然と風土をたっぷり残しています。

 (つづく)

« 飯田周辺の銘桜―その3 | トップページ

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/602624/65124671

この記事へのトラックバック一覧です: 飯田周辺の銘桜―その4:

« 飯田周辺の銘桜―その3 | トップページ