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2017年3月

飯田の桃の節句は月遅れ

 3月21日午前、全国(沖縄などを除く)で最も早く東京都心で桜(ソメイヨシノ)の開花が確認されました。きょうは24日。そろそろ九州や東海からも開花便りが届くのではないでしょうか。
 東京の開花は平年より3日早かったということです。気象情報各社の予想はおおむね23~25日だったので、予想より早い開花でした。東京が全国トップだったのは9年ぶりですが、9年前(2008年3月22日)は熊本、名古屋、静岡と同日で、東京単独のトップはあまりないと思います。開花の平年値が早いのは四国の高知(3月22日)、九州の熊本(3月23日)、福岡(同)、東海の静岡(3月25日)など。九州~東海の開花は平年並かやや遅くなりそうですが、3月末までに九州~関東南部の多くの地域で開花することでしょう。
 東京で21日に開花したのは、全国的に見ても特異的に早かったと言えます。…というか、都心の気象はかなりおかしくなっていると思います。

17032401 飯田の桜の開花予想(日本気象協会3月23日発表)は4月5日。3月初めの予想は4月1日でしたが、だんだん遅くなりました。平年値は4月4日ですが、近年は3月下旬に開花することが多く、今年は1週間~10日ほど遅い感じです。

 さて、今回は桃の節句の話。飯田周辺では桃の節句は月遅れで4月に入ってから祝います。実際、桃が開花するのはちょうどその頃になります。この地域は果樹産業が盛んで、桃も名産の一つ(味は他の有名産地に負けない自信があります)。4月初め、山里の桃園がピンクに染まる光景はなかなかきれいです。

 例によって東アジア古来の暦法の考え方に従い、立春(今年は新暦2月4日)を元日と考えると、桃の節句の3月3日は新暦4月6日にあたります。4月3日とは3日ずれますが、例年まさに桃の花盛りの頃で、月遅れの考え方は日本の実際の四季の移り変わりとかなりマッチしています。
 この月遅れの桃の節句に合わせ、飯田市~阿智村~平谷村~根羽村~愛知県豊田市稲武・足助地区の国道153号沿線では「中馬ぬくもり街道ひな祭り」というイベントが行われ、観光施設や商業施設でひな人形の展示が行われています。長野県の入口にあたる根羽村の「ねばーらんど」では、通路に「二千体吊るし雛」(右の写真)が飾られています。

17032402 このイベントの他にも各地にひな人形が飾られています。『「おんな城主 直虎」亀之丞の潜伏地』の記事で紹介した高森町の歴史民俗資料館「時の駅」でも、例年この時期に企画展「ひな人形と美人画」(左の写真)を行っています。
 この資料館では、町の古墳から出土した日本最古の貨幣「富本銭」などを展示しています。また現在は大河ドラマ「おんな城主直虎」関連で、追っ手を逃れてこの地で成長期の12年を過ごした亀之丞(井伊直親)のゆかりの品も展示しています。開館日や入館料などについては高森町歴史民俗資料館「時の駅」ホームページでご確認ください。

 ところで、ひな人形を飾る時に迷うのが男雛と女雛の左右。「時の駅」の展示を見ていたら、「現在はどちらでもいい」と書いてありました。
 ひな人形には「左近の桜」と「右近の橘」もありますが、これはお内裏様から見た左右なので、「左近の桜」を向かって右、「右近の橘」を向かって左に飾ります。京都市の左京区、右京区が地図で見ると左右逆になっているのと同じで、これらの左右は明確ですね。では男雛と女雛はどうなるのでしょう。

 日本では古来、左が上位(例えば左大臣と右大臣なら、左大臣のほうが上位)なので、元々は男雛が左(向かって右)、女雛が右(向かって左)でした。では女帝だったら逆かという話はおいといて…
 それが左右逆になったのは明治時代になってから。西欧で国王と王妃が並ぶ時は、日本古来とは逆に、国王が右(向かって左)、王妃が左(向かって右)に並ぶことになっていて、明治天皇と皇后が写真を撮る時、その西欧式にならった並び方をして、それが全国に広まったと言われています。

 そういう経緯で、全国的には近代式で男雛を向かって左に飾るのが一般的になりました。しかし京都は今も古式で、男雛を向かって右に飾るそうです。そんなふうに国内に両方の飾り方が混在しているので、現在は「どちらも正しい」ということになっているようです。
 地域のほか、家庭によっても飾り方が違うかもしれませんね。みなさんのご家庭はいかがでしょうか。

 次回は飯田の桜を紹介します。

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