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遠山郷の霜月祭り

 「遠山郷の霜月祭り」(国重要無形民俗文化財)が今年も12月1日から始まり、15日まで遠山郷(飯田市上村・南信濃)の9神社で順次行われています。貞観年間(859~877)に宮中で行われた湯立神楽の形式を今に伝えるといわれ、大釜に湯をたぎらせ、全国の神々を迎えもてなします。近年では宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」の発想の元になった祭りとしても知られています。次々に神々の面(おもて)が登場し、湯殿の周囲で舞い、時には見守る人々の中に背中から飛び込みます。また煮えたぎる大釜の湯を素手で跳ね飛ばし、このみそぎの湯がふりかかると邪気を払い健康で過ごせると伝えられています。冬至の前、太陽の光が最も弱まる季節に、神々と山里の人々が一体となって一陽来復を祈り、新たな年を待つ祭りです。

 祭りの概要、日程、各神社の場所などについては、「遠山の霜月祭り」ホームページをご覧ください。神社ごとの式次第、登場する面、歴史と特徴などもまとめられています。また八十二文化財団ホームページ「信州の文化財」コーナーの記事も分かりやすくまとめられています。

 本祭は現在でも12時間から長いところは20時間に及びます。神名帳を奉読して全国66州の一宮の神々をお招きした後、湯立てを何度も何度も繰り返すため、時間がかかるのです。「寒い、眠い、煙い」祭りと言われる所以です。
 湯立てに続いて「四つ舞」などいくつかの舞をおさめ、全国から招いた神々をお返しして(中祓いと呼ぶ神社もあり、まるで宴会の中締めのようです)、「鎮めの湯」をはさんで祭り終盤になると、地元で祀られている神々の面が次々に登場してクライマックスを迎えます。登場する面は神社によって異なりますが、宮天伯または猿、火王と水王、爺と婆、遠山氏一族はほぼ共通です。素手で湯を跳ね飛ばしたり、神々の荒々しい舞で最も盛り上がるのはこの時です。
 祭り終盤、周囲を囲む氏子たちが「よーっせっ、それ、よーっせっ」と独特の掛け声ではやし立てると、稲荷が声に合わせて走り、背中から氏子の中に飛び込んだりする場面があります。実に楽しいひと時です。また祭りの途中、盛り上がった若者たちが「よっせ、よっせ、よっせ、よっせ」と叫びながら氏子たちを巻き込んで押し合うこともあります。危ないといえば危ないので、見に行く方は知っておいてください。

 神社により、昼ころ始まり午後9時ころから面が登場して深夜に終わるところもあれば、翌朝にならないと面が登場しないところもあります。大雑把に言うと、南信濃の5神社は午後9時過ぎから面が登場して深夜に終了、上村下栗は深夜に面が登場して未明に終了、上村の上町・中郷・程野は翌日早朝に面が登場して夜が明けてから終了します。

 今年の本祭の日程は次のとおりです。
◇12月1日 八日市場・日月神社(飯田市南信濃八日市場)
 正午~午後12時、面の登場は午後9時から。25面
 ※隣接集落の中立・正一位稲荷神社(飯田市南信濃中立)と隔年交代で、西暦奇数年は中立、偶数年は八日市場
◇12月第1土曜日(今年は3日) 中郷・正八幡宮(飯田市上村中郷)
 午前11時~翌日午前6時半、面の登場は午前5時から。16面
◇12月第1日曜日(今年は4日) 小道木・熊野神社(飯田市南信濃小道木)
 午後1時~翌日午前1時、面の登場は午後10時から。37面
◇12月第2土曜日(今年は10日) 木沢・正八幡神社(飯田市南信濃木沢)
 午後1時~翌日午前0時半、面の登場は午後9時半から。32面
◇12月11日 上町・正八幡宮(飯田市上村上町)
 午前11時~翌日午前7時、面の登場は午前5時半から。17面
◇12月13日 下栗・拾五社大明神(飯田市上村下栗)
 午前9時~翌日午前3時、面の登場は午前0時から。39面
◇12月13日 和田・諏訪神社(飯田市南信濃和田)
 午後0時半~12時、面の登場は午後9時から。41面
◇12月14日 程野・正八幡宮(飯田市上村程野)
 午前11時~翌日午前6時、面の登場は午前4時半から。15面
◇12月15日 八重河内・尾野島正八幡社(飯田市南信濃野島)
 午後1時~12時、面の登場は午後9時から。41面

 中郷、木沢、上町、程野の4地区では仮眠所を開設します。場所は集会所などで、料金は1000~1500円、暖房のみで夜具はありません(一部は毛布の貸出あり)。申込先などはこちらの遠山郷観光協会日記の記事をご覧ください。

 上記のほか、かつては木沢の上島・白山神社、須沢・宇佐八幡神社、和田の大町・遠山天満宮でも行われていましたが、現在は休止しています。

   ☆   ☆   ☆

 霜月とは旧暦11月のことで、太陰太陽暦で必ず冬至を含む月となります。だから霜月の初めに冬至(新暦12月22日ころ)が来る年だと、新暦12月の前半は霜月でなくまだ神無月(旧暦10月)ですが、冬至に合わせて一陽来復を祈るという祭りの趣旨からいえばこの時期が最もふさわしく、それを「霜月祭り」というのは最もふさわしい呼び方でしょう。

 同様の湯立神楽の祭りは、遠山郷のほか、天竜川中流域山間の長野県天龍村3地区(霜月神楽)、愛知県奥三河17地区(花祭)、静岡県佐久間3地区(花の舞)にもあります。祭りの起源や伝播には何らかの共通性あるいは関連性があると思われますが、霜月祭り圏と花祭圏は日常生活圏としてまったく別々で、祭りの内容もこの両圏に大別されます。

 遠山郷の霜月祭りは神仏習合の両部神道の形式とされています。大きくは伊勢神楽の系統に分類されますが、より古い起源は熊野系です。たとえば上町の正八幡宮では、旅の途中で立ち寄った熊野の修験者にお願いして木火土金水の五神を祀ったことが神社の起源という伝承があります。各地の祭りは修験者の儀式が土地に定着し、時代の変遷とともに他の要素が加わって現在の形が整えられてきたと考えていいでしょう。
 地元では昔から霜月祭りのことを「死霊祭」とも呼んできました。これは祭りの中に、江戸時代初期に改易された領主・遠山氏一族の御霊を鎮める儀式があるからです。改易の理由はお家騒動(相続争い)ですが、遠山氏の暴政に怒った領民が一揆を起こして一族を皆殺しにしたという伝承があり、その後、飢饉や疫病があったため、たたりを恐れて遠山氏一族を祀り(いくつかの神社では実際に神として合祀)、従来からあった湯立神楽の祭りに鎮魂の儀式を加えたとされています。その後に、神社によって、末社や集落の他の社祠に祀られている多くの神々の面も加わっていったようです。
 遠山郷を支配した信州遠山氏については、室町時代中期には遠山郷にいたと見られますが、戦国時代に和田城を築いた遠山景広より前の系譜は不明です。ちなみに江戸時代後期の町奉行「遠山の金さん」(遠山金四郎景元、旗本)は美濃の明知遠山氏の分家で、遠山景広は戦国時代に明知遠山氏から分かれた一族という説がありますが、和田城築城と話の前後関係が合わず、まったく眉唾です。

   ☆   ☆   ☆

 現在休止している3神社を含む13神社の霜月祭りは、面の構成、湯殿の造り、次第などによって4つの系統に分けられます。上町(上町、中郷、程野)、下栗(下栗)、木沢(木沢、八日市場、中立、小道木、上島、須沢)、和田(和田、八重河内、大町)の4系統です。このうち上町系、下栗、木沢系は共通点が多く、和田系は独自色が強くなっています。

 面の最も基本的な構成は、宮天伯(和田系は猿)、火王と水王、爺と婆、八社神(遠山氏一族)です。上町系では火王・水王に木王・土王を加えて四面(よおもて)とし、計15面が基本構成。下栗と木沢系では火王・水王と別に四面があって計17面が基本構成となります。和田系は四面がありません。その他、神社によって山の神、稲荷様、津島様、秋葉様、子安様などの面が加わります。上町系はほぼ基本構成の15~17面ですが、それ以外は25~41面と格段に多くなっています。

 八社神(遠山氏一族)は静かに湯殿の周囲をまわります。陰鬱な感じのする面です。
 上町系は、四面のうちの水王(火伏せ)と土王(湯伏せ)が湯切りを行い、火王と木王(火おこし)が登場して4面そろうと、湯殿の周囲を激しく飛び回ります。最後に富士天伯が弓矢を持って登場し、床を踏み鎮め、矢を五方に射て邪悪を祓います。
 下栗は日天(火王)と月天(水王)、木沢系は大天狗(火王)と小天狗(水王)が湯切りを行います。遠山川で禊ぎをした4人の若者が四面となり、湯殿の周囲を荒く飛び跳ね、最後は拝殿に無理矢理押し込まれます。最後に宮天伯が木製の剣を持って登場し、邪悪を切り祓います。
 和田系は水の王が湯切りを行い、火の王が周囲をまわります。最後に猿が登場し、湯釜を5周半しながら七五三の数に合わせて舞い上がり、締めとします。

 湯釜の数は天地陰陽を表す2つが基本と考えられますが、和田系は1つ、木沢は3つです。
 竈(かまど)は本来は土製で毎年新しく造っていましたが、戦後、鉄製の五徳を使うようになったところもあり、現在、土製は上町、中郷、程野、木沢の4神社で、小道木は煉瓦造り、それ以外の下栗、八日市場・中立、和田、八重河内は五徳となっています。また土製の上町でも、現在では新しく造るのは数年に1度になっています。
 上町の竈は、まず8つの尾根を越えて取ってきた8本の松の丸太を2本ずつ八の字に4方向に火床に打ち込んで芯にします。十二支の方角から12背負の土を取ってきて、二十八宿を表す28把の藁を天地三十六神を表す36切にして土に混ぜ、1年の日数と同じ数の土玉を作ります。この土玉を芯に張り付け、12か月を表す12尋の縄に天地日月七曜九曜二十八宿を表す48のひれを付けたものを巻き、さらに土玉を張り付けて仕上げます。
 木沢の竈は松ではなく石を芯にしているということです。

 湯釜の真上には「湯桁」と呼ばれる四角い木枠が吊るされ、それに渡した注連縄に、「湯の上飾り」と呼ばれるさまざまな切り紙が飾りつけられます。「湯の上飾り」は「湯男」「湯雛」「日月」「人面」「八橋」「花」「千道(ちみち)」「ひさげ」からなり、これらをあわせて「十種の神宝(とくさのかんだから)」と呼びます。「千道」は神々の通り道、「ひさげ」は神々が宿る場所とされています。湯釜から立ち上る湯気で「湯の上飾り」が揺れ動くさまも、生気のよみがえりを象徴するかのようです。

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