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2016年9月

9月は春草の生誕&他界の月

 日本画家菱田春草は飯田市出身。誕生日は1874(明治7)年9月21日、忌日は1911(明治44)年9月16日です。明治時代、親友の横山大観などとともに新しい日本画の創造に取り組み、37年にわずかに満たない短い生涯を終えました。今年で生誕142年、没後105年になります。飯田市は5年前に没後百年記念特別展、昨年は生誕140年記念特別展を開きました。生家は残っていませんが、生家跡が菱田春草生誕地公園になっています。また飯田市美術博物館が作品の収蔵・研究を行い、常設展や特別展を開いています。

 (以下しばらくお待ちください)

彼岸花が咲きました

16091701_2 きょう彼岸花が咲きました。あさってが秋の彼岸入り。ほぼ暦どおりです。夏の間は影も形もないのに、秋に入ると芽が出て一気に伸びて、花が咲きます。あたり一面を真っ赤に染める景色も、またひっそりと数本だけ咲く景色も、どちらも味わいがあります
 「暑さ寒さも彼岸まで」。あるいは「暑さ寒さは彼岸まで」。厳しい残暑も、秋の彼岸を境に一段落します。この言葉、ほとんど外れる年はありません。

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 秋の彼岸は、秋分の日を中日とする7日間。今年は秋分の日が9月22日なので、秋の彼岸は19~25日になります。
 秋分の日は年によって9月22日から24日の間で変動しますが、23日の年が多く、22日は少なく、24日はかなりまれ。うるう年だと22日になりそうな気がしますが、そうとも限らず、2012~2096年のうるう年の秋分の日は22日(2020年以降は見込み)ですが、1900~2008年はうるう年でも23日でした。4年前の2012年には、1896年以来116年ぶりに22日が秋分の日になったということで、ちょっとした話題になりました。
 なお春分の日、秋分の日は、毎年2月はじめに国立天文台が翌年の日付を発表して、そこで初めて正式に分かります。地球の動きには変動があり、何年も先のことは計算通りになるかどうか分からないというわけです。

あす中秋の名月、今夜は待宵

16091402 今年はあす9月15日が中秋の名月(旧暦8月15日)。その前日の今夜は待宵となります。朝からずっと曇っていましたが、夜になってから晴れてきて、風で流れる雲の合間に待宵の月が顔を出しました。写真は午後7時過ぎの待宵の月です。

 「信濃では月と仏とおらがそば」。小林一茶の句として一般に知られていますが、実際は一茶の句ではなく(全集に入っていません)、明治時代に柏原(一茶の出身地、現信濃町)で酒造をしていた中村家の中村六郎という人が作って広めたものだそうです。(参考:国立国会図書館レファレンス協同データベース
 それはさておき、信州には昔から有名な観月の名所があります。まずは姥捨山(千曲市)の「田毎の月」。長野自動車道姥捨SAから見える棚田をご存知の方もいらっしゃると思いますが、姥捨山の長楽寺やその隣の観光会館から見ると、小さな谷川を隔てて東南東方向の小高い丘の斜面に棚田が広がり、その奥、千曲川を隔てた鏡台山から月が昇ります。田植えのために棚田に水が張られる5月下旬~6月には、その水面に月が映り、「田毎の月」と呼ばれます。中秋の名月の頃はちょうど稲刈り前後で、田毎の月は見られません。
 更科(更級、さらしな)・姨捨は平安時代ころから観月の名所として知られ、古い和歌にも多く詠み込まれています。その発端が古今和歌集の次の歌。

 わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て  (詠み人知らず)

 この歌を取り込んで作られたのが大和物語の「姨捨」。更級にある男がおり、若い頃に両親が死に、おばが男の面倒をみて親子のように暮らしていた。ところが男の妻がこのおばを嫌い、山に捨ててこいとうるさく男をそそのかした。男は月の夜、寺でありがたい法会があるからとだましておばを背負って連れ出し、山の上において帰ってきた。しかし男はおばと親子のように暮らしてきた日々を思い出して悲しみ、山の上に明るく出ている月を見ていると心が痛んで寝られず、また山へ行っておばを連れ帰ってきた。その後、この山を姥捨山と呼ぶようになった―。
 これが姥捨説話の原形で、後世、年寄りを捨てたのは殿様の命令だったといった変形バージョンが出てきますが、原形では、姥を捨てた原因は嫁姑の人間関係で、棄老や口減らしなどではなかったということは覚えておいてもいいでしょう。
 この古今和歌集と大和物語を踏まえ、その後、多くの和歌がつくられていきます。

 更級や昔の月の光かはただ秋風ぞ姨捨の山  (藤原定家)
 あやしくもなぐさめがたき心かなをばすて山の月も見なくに  (小野小町)
 君が行く処ときけば月見つつ姨捨山ぞ恋しかるべき  (紀貰之)
 隈もなき月の光をながむればまづ姨捨の山ぞ恋しき  (西行)

 歌人のビッグネームがずらりです。面白いのは、たいがいの歌人が実際に姥捨山に来て月を見ているわけではなく、遠い都かどこかにいて、話に聞く姥捨山の月を恋しがっていることろです。
 その後、江戸時代中期になり、実際に更科・姥捨に来て、ここを全国を代表する観月の名所として決定付けたのが松尾芭蕉の「更科紀行」です。

 俤(おもかげ)や姨ひとり泣く月の友  (松尾芭蕉)
 十六夜もまだ更科の郡かな  (松尾芭蕉)

 1句目、芭蕉は山に捨てられた伝説の姥の姿をしのびつつ、しみじみと中秋の名月をながめています。2句目、芭蕉は名月の次の日もまだ更科を立ち去りがたく、十六夜を迎えています。
 これ以後、更科・姥捨は多くの文人墨客が訪れる地となり、今では「俳諧の聖地」といわれています。

 こうした歴史にちなみ、千曲市観光協会は毎年、中秋の名月の時期にあわせて「信州さらしな・おばすて観月祭」を開催しています。今年は第33回で、開催期間は中秋の名月の9月15日から後の月・十三夜の10月13日まで。9月17日には全国俳句大会があります。詳しい情報は千曲市観光協会ホームページで。

 北の姥捨山ほど有名ではありませんが、信州南部の観月の名所としては園原の里(阿智村)があります。古代東山道が通っていた場所で、東国から西へ向かう防人や多くの旅人が通り、日本武尊が越えた神坂峠、源氏物語で有名な箒木(ははきぎ)などがあります。この園原の里の中央にある月見堂は、伝教大師が建てた広拯院の跡地と言われ、多くの文人が訪れて月を愛でてきました。

 「三日月の頃より待ちし今宵かな」。昔の人は旧暦8月に入ったばかりの頃から、十五夜の名月を楽しみに指折り数えて待ちました。名月の前夜が待宵です。そして名月の後も、何日も秋の月を楽しみました。名月の翌日は十五夜より少し遅く昇る十六夜(いざよい)の月、2日後はまだ立って待てる立待月、3日後は座って待つ居待月、4日後は寝転んで待つ寝待月・臥待月、5日後はもう夜更けになってから昇る更待月となります。

 中秋の名月のことを芋名月ともいい、里芋などを供えます。これに対し旧暦9月13日の後の月・十三夜のことは栗名月・豆名月といいます。今年の十三夜は10月13日になります。
 さらに旧暦10月10日が十日夜(とおかんや)で、古来、東日本では収穫祭にあたる行事を行います。今年は11月9日になります。十日夜も新暦では早いと11月初め、遅いと12月上旬と1か月も違いますが、だいたいの年は立冬を過ぎているので、季語としては初冬。実感としては晩秋と初冬の境目あたりで、もう夜寒の季節になります。

 …忘れるところでした。小林一茶は名月の句をたくさん残しています。いくつか紹介します。1句目、姥捨山の月こそが「名月の中の名月」として扱われていることが分かります。

 けふといふ今日名月の御側哉  (長年願っていた姥捨山での観月が実現して)
 山里は汁の中迄名月ぞ
 名月や西に向へばぜん光寺
 ふしぎ也生れた家でけふの月
 有合の山ですますやけふの月
 名月や生たままの庭の松
 小言いふ相手もあらばけふの月

 このところ秋雨前線の影響で天気がぐずつき、明日も西日本では曇りや雨になりそうですが、東日本を中心に夜には晴れて名月を見られる場所がありそうです。
 もっとも、曇って名月が見えない「無月」や雨の夜の「雨月」も俳句の季語で、名月を何日も前から心待ちにし、当夜は無月や雨月でさえも心で愛でるというのが日本の風流のたしなみです。

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 追儺の話から始まって節分や七夕の時にも暦の話を書いたので、中秋の名月についても少しだけ。例によって、参考サイトは国立天文台の暦計算室です。

 「中秋の名月」とは旧暦8月の十五夜、つまり旧暦8月15日夜に昇る月のこと。「旧暦8月」の定義は「旧暦で秋分の日を含む月」なので、「中秋の名月」は「旧暦で秋分の日を含むの月の15日の夕方に昇る月」ということになります。
 中秋の名月は、新暦では年によって日が変わります。秋分の日は新暦9月22~24日なので、新暦で中秋の名月が最も早いのは、9月22日が秋分の日で旧暦8月30日にあたる年で、9月7日になります(直近は2052年)。一方、最も遅いのは、9月24日が秋分の日で旧暦8月1日にあたる年で、10月8日になります(直近は1938年)。
 最も早い年や最も遅い年は滅多に現れませんが、早い年は9月上中旬、遅い年は10月上旬で、1か月くらい違います。暑さ涼しさやススキの姿など、年によってかなり違い、今年のススキの穂はまだ若く、花が咲きかけたところです。旧暦と新暦のずれはおおむね19年周期で一巡するので、中秋の名月の時期もだいたい19年周期で繰り返します。

 なお中秋の名月は暦の上で旧暦8月15日の夜に昇る月のことであって、その月が天文学上の満月にあたるとは限りません。満月というのは、地球から見て太陽と月が180度正反対の方角にある瞬間のことで、月齢いくつの時と決まっているわけでもなく、また必ずしも日本から月が見える時刻でもありません。今年の満月は17日午前4時過ぎで、日本では16日夕方に昇った月が沈みかける頃になります。

 「中秋の名月」に「仲秋の名月」の字をあてることもあります。上記の国立天文台サイトでは「仲秋は陰暦8月全体を指しているので仲秋の名月とは言いません」と書いてありますが、これは間違いです。言葉の定義をはっきりさせて明確に区別したがるのはいかにも理系的ですが、実際の言葉の意味はもっとあいまいで、一般に広く通じているものなら何でも正しい用法として扱います(本来は間違いだったとしても)。それに、そもそも単に「名月」といえば、それは旧暦8月15日の月のことだと決まっているので、その前に「中秋」を付けようが「仲秋」を付けようが意味は変わりません。だから「仲秋の名月」も間違いではありません。

 太陽や星と違って、月は地球の周りを回っているため、月の出の時刻は1日ごとに平均50分くらいずつ遅くなります。この遅くなり方は季節によって違い、春は1日で1時間以上も遅くなりますが、秋は40分ほどしか遅くなりません。それでも中秋の名月が夕方昇るのに対し、1週間後の月の出は真夜中になります。観月を目的に観光地を訪れる方はご注意を。

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