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SONGS中島みゆき~「夜会」への招待

 11月7日に放送されたNHKの「SONGS中島みゆき~『夜会』への招待」、録画したきり何となく観ずにそのまま寝かせていて、12月に入ってからやっと観ました。
 1989年から2014年までに18回を数えている「夜会」。30分足らずの番組の中でどうまとめるのかと思いながら観ていたら、「夜会Vol.4~金環蝕」(1992年)の終わり近くの「泣かないでアマテラス」がほとんどノーカットで流されたので、びっくりするやらうれしくなるやら。
 この作品の説明はみゆきさん自身が書いた文章に勝るものはないので、公演の1年後に本で出された『夜会Vol.4~金環蝕』(角川書店1993年刊)の「はじめに/ラフスケッチ」から引用します。

<原典は古事記、ならびに日本書紀。
 そこにウズメは二度登場します。
 一度めは、あまりにも有名な天の岩戸の場面。
 スサノオノミコトの暴力と不敬に絶望して岩戸に身を隠してしまった
 アマテラスオオミカミを呼び戻すため、岩戸の前で裸踊りをやらかして
 神々を大笑いさせたという、とんでもない女神がウズメです。
 二度目は、天孫降臨の一行と、誰か得体の知れない神との遭遇の場面。
 ウズメはアマテラスからの、
 「異形の者に対面しても気おくれすることなく、これを和ませる力をもつ」
 という信頼を受けて、先陣をまかされて出かけてゆき、天と地のわかれるところにて
 不安を笑いに変えて、異民族とのつきあいの糸ぐちをつくります。
 (中略)
 ヤマトナデシコの中にはウズメのような女性像もあるんであります。
 アマテラスだって、大笑いにつられて、つい能書き忘れてノコノコと
 岩戸から出ちゃったなんて、けっこう笑かしてくれるんであります。
 さまざまな権力の都合で、あっちへ隠されこっちへ伏せられたりする
 事情はあっても、女たちの血の中にはアマテラスもウズメも同居して、
 連綿と受け継がれているに違いない…>

 番組の中でナレーターが「科学者がアマテラスオオミカミに変身する」と言ってしまったのはNHKらしくもない大間違いで、足につけた鈴を鳴らしながら歌い踊るのはもちろんアメノウズメ。そしてアマテラスは、この歌を聴くすべての人々。
 みゆきさんのウズメはアマテラスに対し「絶望しないで、顔を上げて笑って」と、あふれ出るエネルギーをもって歌いかけ励まします。そして聴く者は気づきます。みゆきさん自身もまた聴く人みんなも、一人ひとりがウズメでもありまたアマテラスでもあると…。
 「泣かないでアマテラス」(中島みゆき作詞作曲)の歌詞の核心部分を引用します。

<地上に悲しみが尽きる日は無くても
 地上に憎しみが尽きる日は無くても
 それに優る笑顔が
 ひとつ多くあればいい>

 パリ同時多発テロ(2015年11月13日金曜日)で妻を失ったフランス人映画ジャーナリストが書いた「君たちに憎しみという贈り物はあげない」という文章を思い出します。
 「泣かないでアマテラス」から、最後の「夜会Vol.18~橋の下のアルカディア」からの抜粋までを通じ、この2015年という年に寄せるみゆきさんの、決して語られることのない思いが聞こえた気がしました。

 悲しみと憎しみの連鎖を断ち切ることが21世紀の人類の課題だと、20世紀が終わる時に思いました。このことに気づいている人は大勢いるのに、世界の状況はますます悪くなっています。でも、絶望してはいけません。思い描く未来は来るかもしれないし、来ないかもしれません。でも、そこに向かって歩みを止めないこと(時には迷い立ち止まる日があっても)が生きることなんだと…

 もうすぐ2015年が終わり、2016年が始まります。

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