ごあいさつ

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 「日本のふるさと」信州飯田から四季おりおりの話題、見所・イベント情報などをお届けします。
 時には私の趣味の話や雑感も。どうぞよろしくお願いします。

 ※公開済みの記事でも、しばしば後から修正したり書き足したりします。
  記事内容へのご質問などはコメントでどうぞ(コメントの公開は承認制です)

竜王戦挑戦者差し替え事件その後7―三浦九段復帰戦とマスコミ各社の報道の変化

 【2017年2月23日】平岡組中部支部(将棋関係の記事限定使用のネームです)

 昨年10月にこの事件が発生した当初から、私はマスコミ各社の事件の伝え方にも興味を持って経過を追ってきました。今回の記事は、第三者調査委員会の報告(12月26日)から三浦九段復帰戦・復帰第2戦の後(2月21日)までの間について、ひとまず結果をまとめたものです。
 私が今までにこのブログに書いた関係記事は次の7本です。

 将棋界を揺るがしているソフト指し不正疑惑
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後―第三者調査委員会の調査報告への疑問
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後2―三浦九段の被害回復と連盟常務会の責任
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後3―第三者調査委員会の調査報告書(概要版)開示を受けて
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後4―谷川会長の辞任と調査報告の根幹的な間違い
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後5―連盟常務会まったく反省の色なし
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後6―三浦九段の復帰を応援する

<三浦九段の復帰戦>

 先に復帰戦のことに触れておきます。
 2月13日に三浦九段の復帰戦(対羽生三冠)、20日に復帰第2戦(対先崎九段)が行われましたが、三浦九段はともに黒星でした。両局とも難しい終盤になったようですが、三浦九段自身が2月7日の復帰会見で話していたように、4か月間近くまったく将棋の駒にも触れないブランクがあっただけに、本来の調子を取り戻すには時間がかかるようです。
 ネット上ではまた三浦九段を中傷するような書き込みが増えたそうで、困ったものです。勝っても負けても別に普通のこと。まだしばらく注目される対局が続きますが、平常に戻るまで見守っていきたいと思います。

 20日の先崎九段戦はまだ棋譜を見ていないので内容が分からないのですが、先崎九段の感想を聞きたいので、どこかに何か書いていただけることを期待します。

 13日の羽生三冠戦はニコニコ生放送の中継で見ました。来場数37万人台(竜王戦七番勝負の3~4倍)という、すごいことになっていました。コメントはうっとうしいので消しっぱなしですが、聞いた話だと、三浦九段への温かい応援が多かったようで良かったです。まだ公開されていて視聴できます。

 ニコニコ生放送【三浦九段復帰戦】羽生善治三冠 vs 三浦弘行九段

 羽生三冠の先手で矢倉模様の出だしから、後手の三浦九段がPonanza流の左美濃急戦を選んで「おー!」。プロ間でもかなり指されているそうですが、三浦九段がどこまで研究していたか気になります。羽生三冠は角で3筋、2筋の歩を交換し、その角を2六に据えて後手の右銀の動きを牽制、そこから6七金左と形にこだわらない名人の一手を見せて再び「おー!」。後手の5筋からの攻めを正面から受け、3筋周辺にアヤをつけて反撃を狙う展開になりました。夕休過ぎでは7八の「と金」が大きく後手が良さそうに見えましたが、後手の玉頭付近も薄く、実際は難しい局面だと思います。そこからが勝敗を左右する勝負所ですが、やはり三浦九段はまだ勘が戻っていない感じだったのではないでしょうか。

 ニコニコ生放送は解説が中村九段、聞き手が安食女流初段。ふんにゃりとした組み合わせで、これで正解だった感じです。画面が対局場からスタジオに切り替わった冒頭、中村九段が今回の事件について話し、三浦九段と家族・関係者に謝罪しました。中村九段は、自身も対局中に棋書を見てしまおうかと思った経験があると明かし、今回の話に「棋士の誰もが違和感を感じたと思う」ものの、「ひょっとしたら魔が差してしまったんじゃないかと思ってしまった」といい、「三浦さんを信用できなかったのは本当に悔やんでいる」と述べました。また将棋ファンへのお詫びを述べました。率直で真摯な語り口で、多くの視聴者が好感を持ったと思います。
 中村九段は解説の途中に三浦九段クイズをはさんだり、「ここだけの話」を連発したり、サービス満点。研究会の代わりにコンピューターを使うようになったといった興味深い話も出てきました。
 冒頭の話は「将棋ワンストップ」の管理人さんが当日すぐに書き起こしを掲載してくださいました。

 将棋ワンストップ 三浦弘行九段の復帰戦。中村修九段から将棋ファンや指導者の方へコメント

 この復帰戦では、対局前に両対局者がボディーチェックを受けました。これは三浦九段が2月7日の復帰会見の中で、変な疑いを気にしなくても済むように自分だけやってほしいと希望したもので、連盟は当面、三浦九段に対してだけ行うと決めたようですが(スポニチ2/11)、羽生三冠はそれはおかしいと自ら申し出てチェックを受けたそうです。
 前から書いていますが、持ち物検査・金属探知機の使用は個々の棋士の事情によって左右されるべき事柄ではなく、対局者の意向によってやったりやらなかったりするのは本来おかしいし、対局者によって扱いが違うのはもっとおかしな話です。今回は三浦九段の希望に沿った特別な対応で、また対局ルールに関しては整備途中のため仕方ない面もありますが、統一的なルールを早く明確にすべきです。

 羽生三冠の対応はさすがです。でもこれ、多くのファンが羽生三冠ならきっとこうすると予想していました。この対局をめぐっては前日からおかしな報道(後述)もあって不愉快な気分だったのですが、すっかり気分が晴れました。
 すばらしい熱戦を見せてくれた三浦九段、羽生三冠と、温かく見守ったファンに拍手、拍手(思わず原田泰夫)。

<マスコミ各社の報道の変化>

 昨年12月26日に第三者調査委員会が報告の概要を発表した後、新聞・テレビの伝え方はほとんどが「不正の証拠はなかった」という表現で、このため、報告の内容を詳しく知らない人の間では「疑わしいが、証拠がないから『無罪』になっただけではないか」という誤解が生じてきました。この点は三浦九段も気にしていて、2月7日の復帰会見でも強いこだわりを見せていました。
 この会見を境に、7日の夕方から「疑惑が晴れた」という表現に変える新聞が出てきて、現在はこの表現が多くなりつつあります。しかし、まだ「証拠はなかった」という表現を続けている新聞・テレビもあります。
 12月26日~2月21日の新聞・テレビ各社の表現の変化について、一覧表にまとめました。興味のある方はご覧ください。以下の記事も含め、私の見落としの可能性もあるので、お気付きの点はコメント欄でご指摘いただければ幸いです。

 おもな新聞・テレビの記事で使われた表現の変化(2016/12/26~2017/2/21)

 第三者調査委員会の報告を伝える記事で「実質的な『無罪判決』と言える」と書き、三浦九段は「真っ白」という印象をストレートに伝えたのは東京新聞12/27。これは第三者調査委員会の調査報告書の概要第三者調査委員会の記者会見の質疑応答で記者が受けた印象をそのまま記事にしたものとみられ、ニコニコ生放送の中継を見た人ならみな同じ印象を持ったと思います。東京新聞の樋口薫記者は、この会見や2月6日の佐藤会長の就任会見でも、核心を突いたいい質問をしていました。
 東京新聞は事件の呼び方についても「三浦弘行九段が対局中に将棋ソフトを不正使用した疑いをかけられた問題」という独自の表現を使ってきました。ただ、共同通信の配信記事を使った際には「証拠はなかった」になってしまいましたが。

 スポニチと日刊スポーツの2紙は、比較的早い段階から「疑惑が晴れた」「不正はなかった」「潔白」などさまざまな表現を使っていました。これは記者が三浦九段は「真っ白」という印象を持っていて、それをその時々でさまざまな言葉を使って表現したと思われます。
 この2紙は、共同通信の配信記事をそのまま使うケースも多いですが、独自に書いた記事もあり、将棋記事は割としっかりしています。特にスポニチはスポーツ紙では唯一の棋戦主催社でもあり、興味本位の曲がった記事づくりを一切せず本筋の記事を書いています。

 上記のとおり2月7日の三浦九段の会見を境に「疑惑が晴れた」という表現が広がりましたが、私が知る限り、7日夕方からこの表現を使い始めたのは朝日新聞、スポーツ報知、時事通信の3社です。毎日新聞は三浦九段復帰戦が終わった2月13日深夜から。続いて日本テレビ、フジテレビがこの表現を使いました(フジテレビの迷走については後述)。
 この「疑惑が晴れた」という表現、上記のスポーツ紙2紙が早くから使っていたケースを除き、出所はどこかというと、2月6日の佐藤会長の就任あいさつだと思います。

 朝日新聞は昨年10月12日、三浦九段への出場停止処分の背景にソフト不正疑惑があることを最初に報じました。それ以前、9月27日の時点で「対局中、相手が頻繁に席を外すと疑念がわく」という棋士の発言を記事にし(朝日新聞2016/9/27)、離席と不正疑惑の結びつきを早くから示唆していました。棋士たちへの直接取材によるものと思われますが、その後はこれといって目を引く記事はありませんでした。村瀬信也記者はツイッターで日々こと細かく情報を伝えてくれるのがありがたく、記事も早い方ですが、記事の内容や会見での質問は可もなく不可もなしという感じです。
 スポーツ報知には北野新太記者がいて、「いささか私的すぎる取材後記」(前身は「実録!ブンヤ日誌」というブログにすぐれた文章を多く書いており、私もファンです。1月18日に谷川会長の辞任をいち早く伝えました(スポーツ報知1/18)。しかし肝心の処分問題の方では仕事らしい仕事が見られませんでした。これからどんなことを書くか、楽しみに待っています。
 毎日新聞は三浦九段の反論文書(1回目と2回目)の全文を公開したのが目を引きましたが、記事の方は並み。山村英樹記者はしばしば軽率な記事が目に付きます。1月7日、王将戦で金属探知機の使用が見送られたことについて「対局者の意向もあって」と書いていましたが、前々回の「竜王戦挑戦者差し替え事件その後5―連盟常務会まったく反省の色なし」の記事で書いたとおり、「将棋世界」3月号に出てくる話とは食い違っています(まだ説明がありません)。2月初めに谷川会長が入院した時も「新会長を決める6日の臨時棋士総会や理事会も欠席する見通し」と書いていましたが、谷川会長は理事を辞任するのだから、新会長を互選する理事会に出席するわけがありません。校正や整理が気づきそうなものですが。

 時事通信は今回の表現の変更こそ共同通信に先んじましたが、普段の将棋記事はまったく駄目で、今回の事件でもずっと「対局中の不自然な離席を理由とした出場停止処分」という珍妙な記事を繰り返し流していました。配信先の新聞社などから苦情が出なかったのでしょうか。

 以上のように「疑惑が晴れた」という表現を使う新聞・テレビが増えてきた一方で、相変わらず「証拠はなかった」という伝え方を続けている新聞・テレビも少なくありません。共同通信、産経新聞、日本経済新聞、SANSPO、デイリースポーツ、NHK、TBS、テレビ朝日、テレビ東京です。だいたいは共同通信の配信記事をそのまま使ったり下敷きにしているケースで、共同通信が表現を変えてくれれば、多くの新聞・テレビの伝え方が一気に変わるのですが。
 なおSANSPOは2月20日、共同通信の「不正の証拠はない」の配信記事に対し、初めて「不正疑惑晴れた三浦九段」というタイトルを付けました。

 竜王戦を主催している読売新聞は、1紙だけかなり変わった報道を続けています。基本的には第三者調査委員会の報告に従って「証拠はなかった」という表現ですが、「処分はやむを得なかった」の方を強調したり、「自ら意思表示した休場届を提出しなかったことなどから処分を受けた」と三浦九段に落ち度があったかのような書き方をしたり。
 読売新聞の報道は非常に特殊ですが、連盟の常務会メンバーの発言と共通している点が興味深いところです。棋士たちは月例報告会や総会の場で、こういう説明ばかり聞かされているのではないでしょうか。
 昨年10~12月の竜王戦七番勝負の正当性にかかわる問題なので、読売新聞と連盟が自分たちの間違いを認めたくないのは分からないでもないですが、間違いは早く直した方がいいのではないでしょうか。時間がたつほど傷が深くなります(もう手遅れかも知れませんが)。

 ここまで新聞・テレビについて見てきましたが、それ以外では、東洋経済ONLINEの1月4日の記事が「第三者委員会が出した結論は『完全なシロ』」とはっきり書いたのが目を引きました。こういう記事がもっと多く出れば良かったのですが。

 一般的に言って将棋記者がいる新聞に比べると専門記者のいない新聞やテレビは理解が浅く、間違った情報を伝えてしまうケースもありました。例えば、2月13日の三浦九段の復帰戦を伝えた際、12月26日の第三者調査委員会の報告によって処分が解除されたとか復帰が決まったと伝えたところがいくつかありますが、これは間違いです。もともと出場停止処分の期間は12月31日までで、報告を受けて処分が解除されたり復帰が決まったわけではありません(連盟は何もしていません)。

 もう1つ全体を通じて気づいたのは、「証拠はなかった」という伝え方をしている場合でも、その後に「連盟が謝罪した」とか「谷川会長が引責辞任した」と付け加えた場合は、三浦九段は悪くないという印象が格段に強くなるということです。これは明らかに三浦九段の名誉回復にプラスになっています。
 ただ、本当に「連盟が謝罪した」と言えるかどうかには疑問が残ります。確かに12月27日の連盟の会見や1月18日の谷川会長の辞任会見では「三浦九段につらい思いをさせてしまい、申し訳なく思う」という言葉がありましたが、常務会は三浦九段に対して直接の謝罪を一度も行いませんでした。
 また2月7日に三浦九段が将棋会館で記者会見を行う前、理事室で佐藤会長や青野専務理事から謝罪の言葉を受けたということですが、これは三浦九段の方からあいさつに立ち寄ったという程度の話で、連盟側がこれをもって「正式に謝罪した」と言うのはいかがなものかと思います。
 連盟の謝罪が三浦九段の名誉回復にとって大きな一歩になることは間違いないのだから、早くきちんと謝罪すべきです。また、前から書いていますが、三浦九段の名誉回復に最も効果があるのは、連盟が間違いを認めて処分を取り消すことです。なんとかその方向に進んでもらいたいものです。

 さて、ここでフジテレビ(FNN)の迷走について書いておきます。2月13日の三浦九段の復帰戦について、フジテレビは次の4本のニュースを流しました。

日時タイトル
2/13 12:09将棋ソフト不正騒動 三浦弘行九段、羽生善治3冠を相手に復帰戦
2/14 1:20将棋 三浦弘行九段、復帰戦で羽生善治三冠に敗れる
2/14 4:56将棋ソフト疑惑の棋士が復帰戦 勝敗は?
2/14 20:14三浦弘行九段が羽生善治三冠との復帰戦

 問題になったのは3本目の「将棋ソフト疑惑の棋士」というタイトルで、これが「ホウドウキョク」とかいう何だかよく分からないサイトに転載されて多くの人の目に触れたこともあり、大きな批判を招きました(3本目はすでに両サイトから削除されています)。
 3本目のニュースの内容自体は、実は2本目とまったく同じです。ところがタイトルだけが変わってしまい、大問題になったのです。なぜこんなことが起きたのでしょうか。テレビ局の現場はよく知らないので推測になりますが、おそらく3本目のニュースを放送した14日早朝の担当ディレクターか誰か、タイトルを付ける立場の人間が、三浦九段は「疑惑の棋士」だという間違った認識を持ち続けていて、間違ったタイトルを付けてしまったのだと思います(悪意ではなく認識の間違い)。
 ここから分かることは、不正のイメージはあっという間に広がって浸透・定着し後々まで人の心に残るのに対し、それを覆してイメージを修復するのは難しく、現にテレビ局のニュース部門の担当者ですら間違った認識を持ち続けていたということです。三浦九段の名誉回復が進んでおらず、悪くすると間違ったイメージが再生産される場合すらあることを示す実態の一端です。

 ネット上で炎上に発展しかねない大きな批判を浴びたため、フジテレビは14日夕方、修正したニュースを改めて放送しました。それが4本目で、他の新聞などを見て検討したのか、「疑惑が晴れた」という表現を使いました。
 上記のとおり、テレビ局で「証拠はなかった」から「疑惑が晴れた」に表現を変えたのは2社だけですが、フジテレビの場合、その点は評価されず、間違ったタイトルを付けた時の悪いイメージだけが残り、いまだに叩かれ続けています。フジテレビは16日昼の「バイキング」という番組で三浦九段の冤罪を前面に出しましたが、評価の挽回には至っていません。三浦九段が受けている苦しみを、わずかながら自分が味わう破目になったと言えるでしょう(自業自得なので、何も落ち度のない三浦九段と並べるのは不適切ですが)。
 ただ、まともな対応が見られないどこかの公益社団法人と違って、きちんと修正したニュースを放送し、別の番組でのフォローまでしたのだから、あまり批判を続ける必要はないと思います。

 あとテレビ関係では、コメント欄で、2月14日の「ちちんぷいぷい」(関西ローカルの毎日放送)という番組での神吉七段の発言についてもご意見をいただきましたが、この番組は観ていないので論評は控えます。

 最後に、前項の三浦九段復帰戦の記事の末尾で触れた「おかしな報道」について。それは復帰戦前日の2月12日、朝日新聞出版WEBサイト「dot.」に週刊朝日の記事として掲載された「将棋ソフト不正使用騒動の三浦九段 復帰戦の対戦相手は“因縁”の羽生三冠」です。「動画の視聴者は、三浦九段の一挙手一投足に気を配るだろう。離席のたびに注目が集まるのは必至だ」と興味本位で見当違いのことを書いたり、週刊文春の記事に使われた羽生三冠のメールを引き合いに出して「“因縁”の対局」に仕立てたり。羽生三冠の妻の理恵さんの連続ツイートを知らないならまだしも、「理恵さんがツイッターアカウント上で釈明したことで、騒動が広がる結果となった」などと書く始末で、まったく悪質と言うしかありません。
 この記事、末尾に「週刊朝日 2016年2月24日号」という???な日付が入っていますが、実際に発売された2017年2月24日号では内容の違う記事になっていました。批判を浴びて差し替えたという見方もあります。

 加えてあきれたのが、復帰戦当日13日の朝に出た産経新聞の記事「注目の因縁の対局 午前10時から 将棋の三浦弘行九段が羽生善治棋聖と復帰戦」です。羽生三冠のメールと理恵さんの連続ツイートを引き合いに出して「因縁の対局」に仕立てるのは前日の週刊朝日の記事と同じで、同工異曲というよりコピペかと思うほど。産経が朝日の記事を真似て、何がうれしいのでしょうか。この記事はさほど大きな話題にはなりませんでしたが。

 フジテレビにせよ週刊朝日にせよ、ネット世論の力が認識の間違いを改めさせ、記事を修正させたと言えると思います。いまマスコミが興味本位のおかしな記事を流せば、すぐにネット上で将棋ファンの袋叩きにあいます。これが間違った方向に行くと大変なことになりますが、将棋ファンはきちんと物事を見分ける力を持っている方が多いのか、一方的に間違った方向に行く心配はなさそうです。ちょっと面白い現象で、三浦九段の名誉回復を支える力になっていることは間違いありません。

<今回の事件を、学校で冤罪や報道・ネットの問題について教える教材に>

 今回の事件は完全に冤罪だったことがはっきりしているので、小中高校の授業で冤罪や報道・ネットの問題について教える際の教材にぴったりだと思います。
 例えば、授業の導入に理恵さんの連続ツイートを使い、子どもたちに自由に考えさせます。この連続ツイートからいくつかの種類の報道が発生したのと同じように、授業もいろいろな方向に展開できます。
 その後に今回の冤罪事件を教えましょう。冤罪問題だけでなく、組織の運営や危機管理について考える材料にもなります。本当にすばらしい教材なので、ぜひ使ってください。

 連盟は嫌がるかも知れませんが、嫌がっても駄目です。それだけの問題を起こしてしまったのだということを自覚してください。そして早くきちんと対応してください。

   ☆   ☆   ☆

<疑った側・処分を行った側の行動の検証を>

 連盟の方に目を向けると、前から何度も書いていますが、まずは疑った側・処分を行った側の行動についてきちんと検証することが絶対に必要です。そこを検証しなければ何も始まりません。その動きはまだ見られません。やはり現在の常務会にはやる気がなさそうです。

 2月22日、第2期電王戦の日程などが発表されました。棋士と将棋ソフトが対決する電王戦はこれで打ち切りだそうで、電王戦についてはまた別の記事に書く予定です。
 この発表に続く質疑応答で、記者から今回の事件に関連する質問があり、佐藤会長は「この件については後日、将棋連盟の方でこのような機会を設ける」と答えていました。2月27日の臨時総会の後あたりに記者会見するということでしょうか。

 27日の臨時総会では、三浦九段への処分を行った常務会メンバーのうち辞任せずに残っている専務理事・常務理事5人についての解任議案が採決されるはずです。常務会は竜王戦のスポンサーのお金が何より大事だと考えたのでしょうが、棋士を守らず、棋士や連盟への信頼を損ない、棋戦を傷ものにし、その上に連盟に莫大な金銭的損害を与えたのだから(第三者調査委員会の判断はそこまでの結果を踏まえていません)、その行動が「妥当だった」で済むはずがなく、解任以前に辞任するのが当然だと思います。第三者調査委員会の報告を受けた後の行動を見ても、6月まで残したところで正常化の妨げにしかならないことは明らかなのだから、早く正常化したいなら解任するのが早道です。

 採決の結果がどうなるかは分かりませんが、どちらの結果になっても、問題は検証を実行するかどうかです。しかし、三浦九段の復帰戦が関心を呼んでいる最中に外出事件を起こす棋士が続けて出たりと、一部の棋士の緊張感のなさには本当にあきれ果てました。こんな棋士が多いようだと、連盟に自浄作用を期待するのは無理でしょうね。まともな棋士がどれだけいるのか、まずそれだけでも知りたいところです。

 さらに先を考えると、連盟の運営体制をどうするかという課題もありますが、それ以上に根本的な問題は連盟の収支構造でしょう。スポンサーのお金だけに頼り切って全棋士がぶら下がっているから、スポンサーの方ばかりうかがって、今回のように棋士を犠牲にする事件が起きたり、ファンをかえりみず情報を出さない姿勢が生まれているのだと思います。この問題を何とかしないと、個々には魅力的な棋士がたくさんいるのに連盟はどうしようもないという状況が今後も続いてしまうのではないでしょうか。

梅の花が咲きました

17021001 日本海側は大雪で荒れ模様だそうですが、飯田周辺は日の出ころに雪があがり、青空が広がりました。その青空の下、梅の花が咲きました。
 昨冬は暖か過ぎて梅の開花が異常に早く、12月末のクリスマスの頃に咲き始めていました。そんな年は初めてでした。今年は1月下旬からツボミがふくらんできましたが、なかなか咲かず、開花は2月上旬の終わり頃となりました。
 梅と同時に、ロウバイの黄色い花もちらほら咲き始めています。

 梅の花を見た後、足元に目を向けると、けっこう緑の草が増えており、小さな花もちらほら。右下の写真はホトケノザ。食用になる春の七草のホトケノザ(キク科のコオニタビラコ)ではない方の、食用にならないホトケノザ(シソ科)ですね。この季節にはよく目に付く花です。しばしば雪をかぶっていたせいか茎が寝ているので、ホトケノザらしく見えませんが…

 周囲には春の七草のナズナやハコベ、セリもあります。1月7日には小さくてみすぼらしい姿でしたが、ずいぶん立派になりました。
 考えてみると、立春(2月4日)が年の始まりの元日だと思えば、今日(2月10日)が七草の日ということになります。青みを増して元気に伸びている春の七草を見ると、今日こそが本当の七草の日、まさに暦どおりなのだと思いました。

竜王戦挑戦者差し替え事件その後6―三浦九段の復帰を応援する

 【2017年2月10日】平岡組中部支部(将棋関係の記事限定使用のネームです)

 2月6日・7日の2日間に大きなできごとが続き、情報に追いつくのが大変で、情報の整理に時間がかかってしまいました。また今回のタイトルにも迷い、それを決めるのにも少し時間がかかりました。私の中にはまだ「復帰を祝す」とまでは書き切れない割り切れなさが残るのですが、三浦九段の気持ちが2月13日の復帰戦に向けてベストを尽くす方向になっていることが分かったので、「復帰を応援する」にしました。

 6日に連盟の臨時総会と理事会が開かれ、佐藤康光九段が新しい会長に就任しました。が、その話は後回し。7日に三浦九段から2つの発信があり、こちらの方が重要なので、こちらから先に書きます。

 私が今までにこのブログに書いた関係記事は次の6本です。将棋ブログではないので初めはこんなに何本も書くつもりはなかったのですが、やむにやまれずという感じです。しかし、それも今回でひと区切りで、あとは追記だけになるかも知れません。

 将棋界を揺るがしているソフト指し不正疑惑
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後―第三者調査委員会の調査報告への疑問
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後2―三浦九段の被害回復と連盟常務会の責任
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後3―第三者調査委員会の調査報告書(概要版)開示を受けて
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後4―谷川会長の辞任と調査報告の根幹的な間違い
 竜王戦挑戦者差し替え事件その後5―連盟常務会まったく反省の色なし

   ☆   ☆   ☆

<三浦九段からの2つの発信>

 7日にあった三浦九段からの2つの発信というのは、iRONNAのインタビュー記事の公開と、三浦九段が将棋会館で行った記者会見です。
 次の3番目の復帰会見(書き起こし)は私が作成したものです。複数の新聞に「一問一答」が掲載されましたが、内容が削られ過ぎている上に、一部に発言の意味が違うところもあり、危なくて引用には使えないレベルなので、自分で書き起こしました。ただ私の書き起こしも、よく聞き取れない部分(特に質問の方)があって間違いがある可能性があるので、お気付きの点はコメント欄からご指摘いただければ幸いです。

 iRONNA 「どうしても言いたいことがある」 三浦九段が初めて語った騒動の内幕

 朝日新聞デジタル 三浦九段「冤罪だと知ってもらいたい」 復帰戦前に心境

 三浦弘行九段の復帰会見(書き起こし)

 2月13日の三浦九段の復帰戦(第30期竜王戦1組ランキング戦の羽生三冠との対局)については、「竜王戦挑戦者差し替え事件その後4―谷川会長の辞任と調査報告の根幹的な間違い」の記事の追記(2月1日)でも書いたように、この対局に応じたら、三浦九段が挑戦者差し替えを受け入れたことになってしまうのではないかと心配しています。
 しかし三浦九段は今回の会見で、そういうこだわりは見せずに「復帰する以上は全力で頑張る」と述べました。また「将棋は平常心で臨めるのが一番」とも述べ、復帰にあたり、喜びとか不安といった感慨や感情ではなく、早くブランクを埋めて調子を取り戻したいという気持ちが頭を占めているようでした。
 勝負師の気持ちはそういうものなのでしょう。私は三浦九段の気持ちを何より尊重し、復帰戦を応援することに決めました(ただし、三浦九段の名誉回復と補償をきちんと進めることと、あわせて一連の経緯の検証と関係者の責任の明確化が必要という点は絶対に譲りません)。そういうことになれば、羽生三冠は最高の相手。いい将棋になることを期待します。
 2月13日は三浦九段の43歳の誕生日、というのは、ついでの話。

 インタビュー記事と記者会見の両方を通じて三浦九段が強調したことの1つは、「将棋ソフト不正使用疑惑」は冤罪だったことを多くの人に知ってもらいたいということです。この点について、現在まで連盟の取り組みは皆無に等しく、またマスコミの表現もまだ誤解を招くものが目立ち、三浦九段の名誉回復はほとんど進んでいません。

 三浦九段が不正を行った証拠などないということは処分直後から分かっており、第三者調査委員会の調査が本格化した頃、私は「三浦九段が白か黒かという議論はもう意味がない」と思い、そう書きました。それよりも「灰色」での処分は不当と考え、1日も早く処分を撤回させることが重要だと思いました。しかし三浦九段の考えはそれよりも深く、第三者調査委員会の調査結果が「灰色」で終わってしまうことを恐れ、できる限り「白」の証明を取ろうとして全力をそそいだのでした。iRONNAのインタビュー記事で、その思いを知りました。

 もう今までの記事で繰り返し書いていますが、三浦九段は「証拠がないから無罪」ではなく「無実」です。第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(pdf版html版)の表現は「不正の証拠はない」ですが、これはあくまでも過去のできごとについて100%「白」だと証明することは誰にもできないからで、報告書をきちんと読んだ方なら、「灰色」の材料がすべて否定されており、実質的な中身は「真っ白」だということが分かるでしょう。
 共同通信や毎日新聞など、今でも「証拠はなかった」という表現を頑固に変えないところがありますが、何を怖がっているのか、表面上のお墨付きにこだわって、自分の責任で中身を判断して書く能力がないとしか思えません。

 それでも今回の記者会見を受け、NHK(私が見たのは7日のニュースチェック11)は「冤罪」の部分に力を入れて伝えてくれたし、いい方向に向かう流れはできつつあると思います。

 三浦九段の復帰会見では、重要なポイントがいくつかありました。
 まず、この会見の前に三浦九段は将棋会館の理事室に立ち寄り、佐藤会長や青野専務理事と会って「謝罪の言葉」を受けたそうです。連盟側はこれを「謝罪した」ととらえている(例えば片上常務理事のブログは「常務会としてのお詫びをした」と書いている)ようで、いくつかの新聞も「謝罪した」と書きました。しかし三浦九段は会見で「そういうことはまた今後」、「あまりお答えできない」と慎重な言い方にとどまり、まだ正式な謝罪とは認めていません。

 また、佐藤新会長は前日の就任会見で、三浦九段がイベントに出演する機会を多くして名誉回復の機会にすると述べましたが、三浦九段は会見で「それは名誉回復とはちょっと違う」と述べ、はっきり区別する考えを示しました。

 連盟が行った処分について、三浦九段は「結果論になってしまうんですけど」としつつ、「週刊誌に出ても、私を信じて(竜王戦を)そのまま指させてもらって、タイトル戦をやってる最中に(第三者委員会に)不正はなかったと判断してもらえば、私も常務会も傷つかずに済んだ」と述べました。
 竜王戦を延期してその間に調査するという選択肢でもなく、週刊文春の記事に対しては連盟として正面から戦うという主張です。しかし常務会の「クロありき」は固く、結局「このような状態では将棋を指すことはできない」という休場発言問題につながっていったのだろうと思います。

 もう1つは谷川前会長について。三浦九段は会見で「谷川会長としても苦しい立場だったのではないか」と気を遣い、辞任した谷川前会長を責める気持ちは見せず、また谷川前会長の実兄の俊昭氏から謝罪の手紙をもらったことを明かし、それによって「わだかまりみたいなものがだいぶ薄らいだ部分はある」と述べました。
 きちんと謝罪した人をあまり責める気にはなれない、ということでしょうか。さらにiRONNAのインタビュー記事では「私は谷川会長にはとても感謝していますし、その気持ちはきっと伝わってると思います」、「谷川会長が辞任されたときの様子を見ても、会長もきついんだろうなという感じは伝わったので。谷川会長も、ある意味、被害者のようなものですしね」とも述べています。

 iRONNAのインタビュー記事の方には、具体的な話がたくさん出てきます。
 「告発者からは、この対局で私がソフト指しをして、しかもこの局面で不正をしたとか具体的に言われた」といい、三浦九段が負けた将棋は無視し、勝った4局だけをとらえて「都合の良いように将棋ソフトとの一致率とかを抜き出して、あたかも私が不正をしたように疑われ、事実が捻じ曲げられていった」と述べています。
 また丸山戦第2局(8月26日)では、三浦九段は長考後に悪手を指しているといい、10月11日の聴き取りの時にもそれを将棋ソフトを使っていない証拠として強く主張したものの、「なぜかあまり相手にされなかったんですよ、そういうことを言っても」、そして「結局、私の言い分は最後まで聞き入れてもらえず、連盟から処分を受けたのですが、これってある意味、無実の人を死刑にしてしまうのと同じじゃないですか。もう、何を言っても完全にクロありきで話が進んでしまっていました」と述べています。

 またiRONNAのインタビュー記事では、「私や将棋界を無茶苦茶にした人たち」という小見出しの段落で、「悪意を持って、私のことや将棋界全体を苦しめた一部のメディアと一部の棋士、そして私が不正をしているという噂をまき散らし将棋界を無茶苦茶にした観戦記者の小暮克洋氏だけは、許せない」、「文春報道が私の人生を狂わせるきっかけになったのは紛れもない事実」と述べ、さらに「悪意を持って私や将棋界を苦しめた人たちとは今後も戦うつもりです」と宣言しています。
 12月27日(第三者調査委員会の報告の翌日)の会見でも誰も非難しなかった三浦九段が、個人の名指しまで含めてここまではっきりとした言葉を口にするのは珍しいことです。どうやら、週刊文春と記事に関係した何人かを相手に訴訟を起こす準備を進めていると考えていいのではないでしょうか。あるいは、他のメディアについても訴訟を起こすことを視野に入れているのかも知れません。

 こうした強い言葉の一方、三浦九段は復帰会見とインタビュー記事の両方を通じ、丸山九段はじめ自分を信じてくれた棋士や応援してくれたファンへの感謝を繰り返し述べています。

 三浦九段は復帰にあたって心配もあることを明かしています。
 1つは復帰会見の中で「もうこういうのはご免」、また「コンピューターと一致していたらと意識しながら指すのは嫌」として、「職員さんあたりに対局開始前にボディーチェックとかしてもらって、たとえコンピューターと一致したとしても、それは偶々だという状況にしてもらわないと」と述べていること。もう1つはiRONNAのインタビュー記事にあるように、「もし私が負ければ、また変なことを言われるんじゃないか」ということです。
 この2つはつながっていて、要は無用な疑念・疑心暗鬼から棋士を守り、余計なことを気にせずに気持ちよく指せる環境を整えて欲しいということです。これは三浦九段だけでなくすべての棋士のために必要なことで、連盟にとって大きな課題です。

 ただ後者については、どれだけ不正対策を行ったとしても、何か言い出す人間が絶対に出てきます(今でもいます)。これは中二病のような病気みたいなもので、相手にしても仕方がありません。そういう下らない風説を気にしなくてもいいように、手厚く応援していくことが、私たちが三浦九段を支えることになると思います。

   ☆   ☆   ☆

<臨時総会と佐藤会長就任>

 冒頭に書いたとおり、2月6日に連盟の臨時総会と理事会が開かれ、佐藤康光九段が新しい会長に就任しました。次の4番目から6番目までは、臨時総会についての説明(青野専務理事と片上常務理事から)と会見質疑応答の一問一答があります。6番目の佐藤会長の就任会見(書き起こし)は、上記の三浦九段の復帰会見と同様に私が作成したものです。

 連盟の公式発表 日本将棋連盟新役員のお知らせ(佐藤康光会長ご挨拶を含む)

 田丸昇のと金横歩き 佐藤康光九段が将棋連盟の会長に就任した2月6日の臨時総会の模様

 ニコニコ生放送 日本将棋連盟 新会長就任記者会見

 THE HUFFINGTON POST プロ棋士28人、将棋連盟の理事5人の解任求める 佐藤康光会長の就任会見
 朝日新聞デジタル 「三浦九段の名誉回復に全力」将棋連盟新会長の佐藤九段

 佐藤康光会長の就任会見(書き起こし)

 臨時総会についての説明によると、理事選任(欠員補充)の2議案は拍手で承認され、10分ほどで終了。その後、質疑応答に応じ、三浦九段出場停止処分に関して正会員から「かなりの数の質問、厳しい指摘があった」とのこと。
 また総会の始まる前に、正会員28人が臨時総会開催の請求を提出。議案は5本で、それぞれ青野専務理事、東常務理事、中川常務理事、佐藤(秀)常務理事、片上常務理事の解任を求めるもの。この請求を受け、理事会は2月27日午後に再び臨時総会を開催することを決定しました。

 上に挙げた田丸九段のブログ記事には、一般の報道では伝えられていない情報がいくつも出ています。主なものは次の4つです。
 ▽理事選挙(信任投票)の投票総数は177票(期日前投票を含む)で、信任は佐藤九段が93%、井上九段が83%。
 ▽質疑応答は午後2時半ころから始まり、副議長(森下九段)が「3時から理事会、4時から記者会見を開く予定」と言ったが、棋士たちの抗議によって60分ほどに延びた。
 ▽質疑応答では、三浦九段が出場停止に追い込まれた経緯の詳しい説明、双方の弁護士による協議の進展、第三者調査委員会の正規の報告書の閲覧、第三者調査委員会の委員の報酬額、常務会に対する監事の監督責任、連盟に生じる金銭的損失の補填―などについて質問や意見が出された。しかし「常務会などからは明確な返答はなく、時間切れとなってしまいました」。
 ▽臨時総会の請求者が理事5人の解任を求めた理由は、①正会員である棋士の立場を守らず、棋戦運営に支障をきたした、②将棋連盟の信用を大きく損ねた、③将棋連盟に多大な金銭的損失を与えた、④正会員に対して説明義務を果たしていない―など。

 総会と理事会の後の記者会見は予定より1時間遅れて午後5時ころから始まりました。記者からの質問に佐藤会長と青野専務理事が答えました。

 就任会見のやりとりによると、佐藤会長は谷川前会長が辞任を表明する前、1月5日の指し初め式とその後の2回にわたって谷川前会長と会って話し、会長を引き継ぐことを決意しました。谷川前会長から、後を託したいという意味の言葉もあったようです。
 また佐藤会長は会見の中で、臨時総会に先立って三浦九段と会い、「棋士会会長として意見を1つにまとめられなかった」と謝罪したことを明かしました。

 この謝罪の話を含め、就任会見は佐藤会長の誠実さや個人としての思いがよく伝わる内容でした。しかし、まだ連盟の代表者としての言葉にはなっていなかったと思います。会長を引き受けることを決意してから臨時総会まで20日以上あり、例えば「処分はやむを得なかったという第三者調査委員会の判断についてどう思うか」といったことは就任会見で訊かれるに決まっているのだから、もう少し準備があっても良さそうなものですが…
 佐藤会長は誠実さが行動に出る人柄で、私は会長としてはいい人材だと思います。羽生三冠はじめ同じ羽生世代の強力な仲間たちのサポートが期待できるのもプラスになると思います。将棋同様に既成概念にとらわれず、連盟の進むべき道を模索していただきたいと思います。
 大平六段がブログ記事で、升田幸三の「飛車には余計な駒は付けないで自由にさせる。それが一番能力を発揮する」という言葉を引いていたのが、いいたとえだと思いました。佐藤会長の誠実さが、会長としての実のある仕事につながることを祈るしかありません。

 一方、青野専務理事は会見の中で、旧常務会が三浦九段への謝罪を行っていないことなど、重要な情報をいくつか明らかにしました。連盟が現在、難しい契約問題を抱えているという話も出ました。契約問題のことは12月半ばに一部報道があって真偽不明だったのですが、事実だったようですね。

 青野専務理事の発言からは、現在の執行部の思考回路も少し見えました。
 まず臨時総会の説明から。谷川前会長が入院中で欠席したため、青野専務理事が会長代行としてあいさつし、「今後とも将棋界の良い面だけを前面に押し出して将棋の普及に努めたい」と述べたとのこと。これが現在の連盟の広報の基本姿勢になっているわけですね。
 また会見の質疑応答で連盟の運営体制について訊かれた際には、「単なる全く将棋を知らない経営者・運営者、あるいは日本でも有名な財界の人を連れてきて、じゃあ将棋をお前のところやれよと言って1億、2億の金がぱっと入るかというと、多分そういう時代ではないと思う」。目の前に1億、2億の金を出してくれるスポンサーと、そういう契約を取れる会長が何より偉いわけですね。
 口うるさいファンのことなど眼中になし。こういう思考回路、多分、総会や月例報告会などの場でも目いっぱい発動させているのでしょうね。よほど腰の据わった棋士でないと、たしかに反論は難しいでしょう。しかし、こんな思考回路の運営で連盟はいつまでもつのでしょうか。

 連盟の運営体制について、佐藤会長は「すぐに簡単に切り替えられないところがあるが、議論を重ね、時間はかかってもベストな形があれば模索していきたい」と述べました。また青野専務理事は「会長と外部の方の理事長の二本立てのような形で運営できればいい」という私見を示しました。
 会長の人選や運営体制は難しい問題ですが、常務会の運営のお粗末ぶりを見ていると、そういった体制の問題以前に、どうして誰かに相談したり尋ねたりしないのだろうかと不思議でなりません。前回の記事で批判した「将棋世界」3月号の記事にしても、反省文・謝罪文・始末書の類の書き方を知っている社会人なら、こんなお粗末なものは書きません。そのくらいの知識を持っている人間は職員の中にでもいないのでしょうか。いくら機関誌とはいえ、何も言わずにこの記事を通す編集部もおかしいですが(私はまだ怒りまくっている)

 理事5人の進退については、1月23日の月例報告会でも棋士の一部から辞任を求める声が上がり、2月6日の臨時総会で5人の信任投票を行うかどうかを検討するという報道(朝日新聞デジタルの記事)がありましたが、結局、信任投票は行わなかったのですね。時間のロスを避けたいなら、6日に信任投票を行ってしまえば良かったと思うのですが、改めて正規の手続きを踏んだということでしょうか、よく分かりません(6日当日に動議で議案にあげて採決することも可能だったはず)
 私は、三浦九段に謝罪一つしなかった旧常務会メンバーにはもう何も期待できないと思います(もう時間切れで、今から何をしても遅い)。しかし、旧常務会を支持する棋士や事なかれ主義の棋士も少なくなさそうで、理事解任の可決は簡単ではなさそうです。それでも、この歴史的な不祥事に際し、棋士の声がはっきり見え、そして残ることには意味があると思います。
 青野専務理事も会見で「6月まで任期があるので、その間は現在の業務を続けるのが自分の義務だろうと思っている」と述べましたが、それでは遅くとも6月には5人ともきれいに去ってください(ただし、責任問題は別の形で追及されることになるでしょう)

竜王戦挑戦者差し替え事件その後5―連盟常務会まったく反省の色なし

 【2017年2月4日、最終更新2017年2月10日】平岡組中部支部(将棋関係の記事限定使用のネームです)

 もういい加減うんざりですが、仕方ないから書きます。

<連盟常務会「第三者委員会の報告を受けて」について>

 2月3日、「将棋世界」3月号が発売されました。ひと足早く読んだ方のツイッターなどで「第三者委員会の報告を受けて(日本将棋連盟常務会)」という記事が掲載されていることを知ったので、買いました(買いたくないのですが、ここで批判記事を書くために必要なので仕方なく)。

 「第三者委員会の報告を受けて(日本将棋連盟常務会)」の記事はわずか2ページ、本文138行。その内容は次のようになっています。

記事本文①前書き、お詫びの言葉(9行)
記事本文②電子機器規制の新規定を設けた経緯(30行)
記事本文③10月11日の聴き取り、「休場したい」発言(17行)
記事本文④処分を行った経緯と理由(28行)
記事本文⑤電子機器規制の遅れについての反省(7行)
記事本文⑥第三者調査委員会による調査と報告(21行)
記事本文⑦12月27日の連盟の記者会見、三浦九段A級地位保全の特別措置(6行)
記事本文⑧説明が遅れたお詫び(8行)
記事本文⑨今後に向けて(12行)

 「将棋世界」は連盟の機関誌で、しかもこの記事は常務会名義で書かれたものなので、100%連盟寄りなのは当たり前です。しかし、それにしても…。谷川会長の入院をちゃかすのは不謹慎で良くないのですが、ひょっとして出来上がったこの記事を見せられて固まって卒倒したのではないかと思うくらいに、ひどい内容です。そもそも何を書かなければいけないか分かっていない人物が書いたとしか思えない内容で、もうどこから何を指摘したらいいか分からないくらいですが、大事なところから順番に指摘していきましょう。

①三浦九段の名誉回復につながる内容がない。

 「三浦九段に深くお詫び申し上げます」という言葉は、記事本文①と記事本文⑨の計2回出てきます。しかし、三浦九段への疑惑を晴らすことにつながる具体的な説明は何も書かれていません。本文全体を通じて、常務会の言い訳にしかなっていません。
 記事本文⑨の中に「三浦九段との間でも誠意を持って話し合いを進め、名誉回復に努めてまいります」とありますが、これでは12月末の時点から何も進んでいません。今(というか記事を書いた時点)が何月何日か分かっているのでしょうか。この記事から具体的な名誉回復の取り組みを始めないで、どうするというのでしょうか。

②常務会の反省について一部しか触れていない。

 12月27日(第三者調査委員会からの報告を受けた翌日)の記者会見で谷川会長は、処分以前の常務会の失策2点(対局規定の整備の遅れ、離席や一致率についての調査の不足)については責任があることを認め、理事8人に対して減給処分を行うことを発表しました。今回の記事では、この対局規定の整備の遅れについては反省の言葉があります。しかし、離席や一致率についての調査の不足と減給処分については、まったく何も書かれていません。
 しかも、この減給処分の話は新聞記事の「会見一問一答」の中に出てくるだけで、12月27日の連盟の公式発表「第三者委員会調査結果を受けて」(谷川会長の会見要旨)ではカットされています。ここまでの連盟の公式発表の中には一言も出てこないのです。

 私は、常務会の責任は上記の失策2点では済まず、間違った処分を行ったことや、その後の説明を含めた対応の拙さにも責任があると思っています。しかし、最低限書いておくべきこの失策2点と減給処分についてすら書いてないということは、どういうことでしょうか。これは常務会がまったく反省していない証拠です。

③疑惑の発生から10月10日の棋士7人の会合に至るまでの経緯について、まったく何も説明がない。

 記事本文②で電子機器規制の新規定を設けた経緯について長々と書かれていますが、その次が記事本文③で、いきなり10月11日の聴き取りの話になります。第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(pdf版html版)には7月26日の久保戦以降の経緯が書かれていますが、今回の記事では、疑惑が発生した発端から渡辺竜王による告発までの経緯がまったく何も書かれていません。あわせて、調査報告書(概要版)の中になぜかしつこく書かれている「久保戦における30分の離席は実際はなかった」という話もまったく出てきません。

 これで読者にきちんと説明しているつもりでしょうか。記事本文③の中に「この日の時点では強い疑惑が存在したことも確か」と書かれていますが、その疑惑はいきなり降ってわいたわけではないでしょう。何人かの人間が離席と一致率を理由にして三浦九段の不正を疑った経緯や、常務会が三浦九段の対局を監視したにもかかわらず何も不審な点はなかったといった経緯はどこに行ったのでしょうか。渡辺竜王と島常務理事は週刊文春と裏でどういうやりとりをしたのでしょうか。三浦九段をクロ扱いする風潮はどうやって作られたのでしょうか。これらの肝心な部分を書かなければ、まったく経緯説明になっていないし、三浦九段の名誉回復につながる話にもならないではないですか。
 これらの経緯については、今回の記事にまったく説明がないことを指摘するとともに、今後きちんと検証を行って明らかにし、すべて公表することを望みます。

④処分を正当化する理由付けが第三者調査委員会の説明と違う。

 記事本文④の中では、処分理由について「あくまで休場の意向を示しながら、休場届が提出されなかったことに対する緊急の措置であったことを、改めて強調しておきたい」と書かれています。
 これは、第三者調査委員会が処分を正当化した理由付けとは違います。第三者調査委員会がひねり出した理屈については今までの記事の中で繰り返し散々書いてきましたが、要するに「本人に何も落ち度がなくても、連盟の事業に重大な支障がある場合は処分していい(ただし補償は必要)」ということです。しかし今回の記事はこの理屈を採用していません。この理屈が第三者調査委員会が後付けでひねり出した理屈に過ぎず、連盟が考えた理屈ではない証拠です。

 不正疑惑に触れずに休場届の不提出だけを問題にするのは、連盟が三浦九段に送った処分の通知書の記載と同じです。しかし、これについて第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(pdf版html版)の「第6―4 本件調査事項②についての結論」の中には「通知書全文を見れば実質的には本件疑惑も含んで総合的に判断したことは明らか」と書かれており、不正疑惑を切り離して処分を説明することはおかしいという見解を示しています。今回の記事は、この第三者調査委員会の見解に反しています。

 なお記事本文④と記事本文⑥に「第三者調査委員会から『処分は妥当であった』との報告をいただいた」と書いてありますが、これは適切な書き方ではありません。第三者調査委員会の報告は「やむを得ない措置だった」であって、「妥当であった」という表現は一度も使っていません。
 記事本文④には「(第三者調査委員会の報告は)やむを得ない選択だったという趣旨と受け止めています」と不思議なことが付け加られていますが、「趣旨と受け止める」も何も、はっきりそう書いてあります。何を誤魔化したいのでしょうか。

⑤経緯の説明がまったく不十分。

 ③で、疑惑の発生から10月10日の棋士7人の会合に至るまでの経緯についてまったく何も説明がないことを指摘しましたが、それ以外の経緯についても説明がまったく不十分です。読売新聞社との具体的なやりとり、徹底調査しない方針を転換した経緯、臨時説明会や月例報告会での説明内容と棋士の意見、付随して竜王戦に金属探知機を導入した経緯、囲碁・将棋チャンネルHP将棋コラム削除の経緯、上州将棋祭り出演者変更の経緯など、私たちが知りたいことはまだたくさんあります。

(番外)島常務理事の辞任理由については何の説明もなし。

 上記の「第三者委員会の報告を受けて(日本将棋連盟常務会)」の記事に続き、「谷川浩司会長、辞任へ(編集部)」という記事(2ページ)があります。1月18日の辞任会見を書き起こしたもので、おおむね正しい内容ですが、1つだけ、「年末の時点では続投の意思がおありだというお話でしたが…」という質問に対し、谷川会長が「辞任に至ったのは体調不良のことが一番」などと答えた部分のみカットされています。
 以前の記事でも紹介しましたが、この会見の書き起こしはニコニコニュースORIGINALの全文書き起こしが最も詳細です。

 この記事の末尾に「この会見の翌日、同会館で理事会が開かれ、谷川会長の辞任が承認された。また、島朗常務理事が辞任を表明し、承認されたとの発表があった」という追記があります。前回の記事でも書きましたが、島常務理事は会見もせず、また何の公式発表もなく、辞任の理由は何も明らかにされていません。誰が見ても今回の事件で最も大きな責任を取るべき人物ですが、谷川会長の辞任を自分の辞任の隠れ蓑にしたも同然で、会長辞任を個人的に最もうまく利用したのは島常務理事ではないでしょうか。

 付け足しですが、この問題に関心のある将棋ファンのみなさんは、まずは第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(pdf版html版)にしっかり目を通して、第三者調査委員会の事実認定や判断を正確に把握していただきたいと思います(ただし書かれていることがすべて正しいとは言っていません)。
 記事本文⑧には「膨大な報告書」とか、読む気をそぐような表現がありますが、別に膨大というほどのものではありません。

<王将戦七番勝負で金属探知機を使用しなかった経緯・理由>

 「将棋世界」3月号には、上記の「第三者委員会の報告を受けて」の記事のほかに、もう1つ見落とせない情報がありました。現在進行中の第66期王将戦七番勝負(郷田王将に久保九段が挑戦)で金属探知機が使用されなかった経緯・理由に関わる話です。
 この件について、主催紙である毎日新聞の記事(1月7日、http://mainichi.jp/articles/20170108/k00/00m/040/056000c)には、「今回の王将戦では、対局者の意向もあって金属探知機の検査は見送られた」と書いてありました。
 しかし、「将棋世界」3月号に大川慎太郎氏が書いた王将戦第1局(1月8・9日)の観戦記によると、郷田王将は主催社から打診を受けて「私は『やるならやってください。判断はお任せします』と話しました。拒否はしていません」とのことで、一方の久保九段は「私は何も尋ねられていません。報道には驚いています」とのことです。

 これは軽い問題ではありません。問題点を順に挙げていきます。

①事実関係が食い違っているのではないか(どちらかの報道がウソなのではないか)

 「対局者の意向もあって金属探知機の検査は見送られた」というなら、普通は対局者が使用を拒否したと受け取ります。しかし対局者は2人とも拒否していないと言っています。これはどういうことでしょうか。
 いろいろ考えると、「対局者の意向もあって」の解釈の仕方によっては、どちらの記事もウソじゃないと言い抜けることは可能です。つまり、それを「対局者が使用してほしいとは言わなかったから」という意味だと解釈すれば、ということです。
 しかし、それにしても久保九段に意向を尋ねていないのはおかしいし、毎日新聞の記事では説明が足りません。それに、やっぱり基本的なところが何かおかしくないでしょうか。ということで話は②へ。

②ルールは対局者個々の事情によって左右されるべきものではない。

 この件については「竜王戦挑戦者差し替え事件その後2―三浦九段の被害回復と連盟常務会の責任」の中で「喉元過ぎれば?」という項目を立てて1月8日に追記しました。
 本来こういう対局ルールに属することは、対局者が誰であるかとか、その意向がどうだとか、そういうことに左右される問題ではないはずです。主催者はそれが不正対策のために必要だと思えばやればいいし、必要ないと思えばやらなくていいし、そこに「対局者の意向」がからんでくるのがそもそも変だと言えば変な話なのです(例えば素っ裸で対局しろとか、トイレの中まで誰か付いて行くとか、そういう非常識な話でない限り)
 今回の王将戦は、金属探知機を使用した先の竜王戦とは何が違うのでしょうか。ということで話は③へ。

③竜王戦は9月からすでに異常だった。

 連盟は、9月26日の月例報告会を経て、12月14日から対局時の電子機器の持ち込みと外出を禁止することを決め、タイトル戦については主催社と協議して個別に決めることとしました。
 しかし、第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(pdf版html版)の「第4―3(2)イ 竜王戦挑戦者決定三番勝負及びその後の経緯」によると、竜王戦で金属探知機を使用することはこれに先立って9月20日の常務会ですでに決定されていました。これはなぜでしょうか。なぜ竜王戦で急に金属探知機が必要になったのでしょうか。なぜ主催社との協議でなく常務会が主導して決めてしまったのでしょうか。
 どうも、タイトル戦の不正対策のために金属探知機が一般的に必要というわけではなく、竜王戦のほうが特殊だったように感じられます。

 9月20日というと、常務会が8月から三浦九段の対局を監視したにもかかわらず何も不審な行動はなく、また10月3日の対局について渡辺竜王が疑念を抱くよりは前で、三浦九段への疑惑は客観的に打ち消されていたはずの時期です。しかし9月20日に竜王戦の金属探知機使用を決めたということは、その時期にも三浦九段を疑う誰かの声があり、常務会がそれに動かされたということではないでしょうか。
 この経緯は第三者調査委員会の調査報告書(概要版)では詳しく分かりません。上に挙げた疑問点について、今後の検証で明らかにしていただくことを望みます。

 元の話に戻ると、毎日新聞にせよどこにせよ、金属探知機を使用するかどうかは主催者がきちんと根拠を持って主体的に判断し、それをファンに説明してくれればいいのです(いずれ一般的な考え方が確立されるでしょう)。毎日新聞のように中途半端に対局者の意向を訊いたり、訳の分からない対応をするから問題になるのです。

 なお、毎日新聞と「将棋世界」3月号の記事に食い違いがある点については、2月3日夕方、毎日新聞ホームページの「お問い合わせフォーム」から質問を送ってあります。回答があるかどうかは分かりません。

   ☆   ☆   ☆ (2月10日追記)

<いただいたコメントに>

 竜王戦七番勝負への金属探知機の導入は渡辺竜王が要求したという話、私はこれまで情報源が分からないので書いてきませんでしたが、いただいたコメントで、「将棋『名勝負』伝説」(別冊宝島2518)に出ていると教えていただきました。大川慎太郎氏が書いた「『ソフト時代』3つの課題に将棋界はどう立ち向かうのか―将棋連盟はすでに『金属探知機』を導入、不正は厳罰化の方向へ」の中にあるとのことです。私はこの本を読む気がまったく起きず、手に取って見たこともありませんでした。教えていただき、ありがとうございました。

 すると竜王戦は、渡辺竜王の要求を受けて9月20日に常務会が金属探知機の導入を決め、さらに10月3日の三浦・渡辺戦(A級順位戦)の後、再び渡辺竜王の要求によって三浦九段の聴き取りを行い、出場停止処分にした―と、2段階にわたって渡辺竜王の要求に従って常務会が動いたことになります。
 渡辺竜王の動きも、常務会の動きも、どちらも不可解です。なぜこういうことが起きたのか、やはりきちんと経緯を検証して明らかにしていただきたいと思います。

大鹿歌舞伎が国重要無形民俗文化財に

 大鹿村に伝わる地芝居「大鹿歌舞伎」が国重要無形民俗文化財に指定されることが決まりました。地芝居(農村歌舞伎)の分野での指定は全国初だそうです。大鹿歌舞伎は近年、原田芳雄の遺作となった映画「大鹿村騒動記」(2011年公開)などによっても広く知られるようになりましたが、今回の指定により、文化財としての最大級の価値が認められるとともに、民俗学的・文化史的にも全国を代表する重要な価値を持っていることが認められたことになります。

 こちらは大鹿村ホームページの大鹿歌舞伎情報コーナー、また、こちらは大鹿村観光協会ホームページの特集―大鹿歌舞伎コーナーです。
 定期公演は年2回で、春の公演は5月3日に大磧神社で、秋の公演は10月第3日曜日に市場神社で。

 国の文化審議会が1月27日に開かれ、新たに重要有形民俗文化財に3件、また重要無形民俗文化財に7件を指定するように文部科学大臣に答申しました。3月に文部科学大臣によって正式に指定される運びとなります。国の重要無形民俗文化財は、今回の7件を加えると全部で303件になります。
 飯田市周辺ではこれまでに「遠山郷の霜月祭り」(飯田市南信濃と飯田市上村の2件)、「天龍村の霜月神楽」、「新野の雪祭り」(阿南町)、「新野の盆踊り」(同)の5件が重要無形民俗文化財に指定されており、大鹿歌舞伎で6件目。ほかに選択無形民俗文化財も10数件あり、まさに民俗文化財・民俗芸能の宝庫です。歌舞伎と共通性の多い人形浄瑠璃も各地に伝わっており、今田人形(飯田市龍江)、黒田人形(飯田市上郷)、早稲田人形(阿南町)が選択無形民俗文化財になっています。また同じ地芝居として、下條村にも下條歌舞伎があります。

 大鹿歌舞伎については昨年3月、「飯田周辺の御柱祭(下)」の記事の中でも少し紹介しました。重なる部分もありますが、改めて紹介します。

17013101 大鹿村では大正時代ころまで芝居のことを狂言と呼びました。特に鹿塩地区が早くから盛んで、地元の古文書に江戸中期の明和4年(1767)年に「かしを狂言」が上演されたという記述があります。この時点で鹿塩狂言という呼び名があったということは、もっと前から行われていたものと考えられ、300年以上前から行われていたとも言われています。
 寛政(1789~1801年)の頃には、飯田から俳優を招いて芝居をしたり、村の若者が他の村で狂言を演じたという記録があります。その後も祭礼で地芝居を演じたり、また江戸後期から明治中期にかけて村内各地の神社に舞台を建立した記録があります。

 江戸時代、幕府は寛政11(1799)年の人寄禁止令や、天保12(1841)年の農民による歌舞伎・浄瑠璃などの禁止で、地芝居の上演を禁止しました。また明治時代に入っても、明治6(1973)年に県の令達で神社の舞台で地芝居を行うことが禁止されました。そうした禁令の時代を乗り越えて、大鹿歌舞伎は受け継がれてきました。

 明治中期から昭和初期にかけては日露戦争の戦勝祝賀、大正天皇即位祝賀、昭和天皇即位祝賀などで歌舞伎が上演されています。男性が兵役に出た戦時中には女性が役者を務めて上演したこともあり、歌舞伎の上演がなかったのは終戦の年などわずかでした。
 戦後は昭和22(1947)年5月3日に憲法発布記念祝賀の歌舞伎公演が行われました。ちなみに、現在でも大鹿歌舞伎の春の定期公演は5月3日と決まっています。

 昭和36(1961)年に保存会が発足。村は昭和49(1974)年に大鹿歌舞伎を村無形文化財に指定し、翌昭和50(1975)年には中学校に歌舞伎クラブが発足して、歌舞伎への愛着や誇りを継承するとともに、後継者育成の基礎となりました。
 昭和52(1977)年に県無形民俗文化財、平成8(1996)年に国選択無形民俗文化財に指定されました。
 平成12(2000)年には地芝居として初めて国立劇場(大阪府)で上演。また、これまでにオーストリア、ドイツなど海外でも公演しています。

 伝わっている演目は約30で、人気のある十八番は「一谷嫩軍記 熊谷陣屋の段」、「絵本太功記十段目 尼ヶ崎の段」、「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」、「奥州安達原三段目 袖萩祭文の段」など。
 演目の中でも、平家の生き残り悪七兵衛景清が頼朝に戦いを挑む「六千両後日之文章 重忠館の段」は、中央の歌舞伎を含め他では全国どこにも見られない、大鹿歌舞伎にしか伝わっていない演目とされています。映画「大鹿村騒動記」に登場するのもこの演目で、原田芳雄が景清を演じ、歌舞伎のあらすじと絡み合いながら映画の物語が進行します。
 一方、あまり上演されない演目もあり、平成12(2000)年には大鹿中学校歌舞伎クラブが50年近く上演されず「幻の外題」と呼ばれてきた「源平咲別躑躅 扇屋の段」を上演し、話題を呼びました。

 大鹿村では江戸後期から明治中期にかけ、村内各地の神社やお堂の境内13か所に舞台が建てられました。その後、取り壊したり集会所に改造したりで、現在も残っているのは7か所。春秋の定期公演が行われるのは大磧神社と市場神社の舞台で、いずれも間口6間、奥行き4間の大きさで直径3間の回り舞台を持っています。

 客席は春秋の風が流れる青天井の神社境内で、観客はそこで弁当を広げ、酒を酌み交わしながら芝居を楽しみます。まったく堅苦しさのない開放的な空間と、見せ場で声援が飛び、おひねりが飛び、やがて舞台と客席の間に生まれる一体感。そこに何とも言えない心地良さがあります。最後の手打ち「おしゃしゃのしゃん」まで体験すれば、その思い出は一生忘れられないものになります。

 今回の文化審議会の解説資料によると、大鹿歌舞伎は「我が国を代表する地芝居」で、「近世以来の地方の村落における芸能の受容や展開を示すとともに、独自の演技・演目を有するなど地域的特色や芸能の変遷の過程を示すものとして重要」。また「舞台装置や演技・演出に大鹿歌舞伎独自の形がみられ、村民の手で長く伝承されてきたことを示している」と評価されています。

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