ごあいさつ

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 「日本のふるさと」信州飯田から四季おりおりの話題、見所・イベント情報などをお届けします。
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飯田で観測史上初の熱帯夜

 2018年7月17日、飯田で観測史上初の熱帯夜(最低気温25度以上)が出現しました。この日の最低気温は25.6度(午前5時39分)で、飯田測候所が観測を始めた1897年11月以降、初めての25度以上でした。

 これまで飯田で日最低気温が最も高かった記録は24.5度で、2007年8月16日、2010年8月24日、2015年8月3日の3回ありました。いずれも21世紀に入ってからです。20世紀の最高記録は24.3度(1994年7月14日)で、この年は前年の冷夏・米不足から一転して記録的猛暑になったので強く記憶に残っていますが、2007年以降、それを上回る猛暑の年が頻発しています。

 それでも飯田では過去、どんなに暑い日でも朝方の最低気温は25度未満まで下がっていた(熱帯夜はなかった)のですが、ついにその一線を超えました。地球温暖化に歯止めがかからない中、遠からずいつかは現れるだろうと思っていましたが、今年がその年になりました。

   ☆   ☆   ☆ (2018年7月21日追記)

 飯田の熱帯夜は17日から19日まで3日続き、20日にひとまず収まりました。20日朝の最低気温は24.3度。20世紀の最高記録と同じで、観測史上7位タイの高さですが、熱帯夜が続いた後なので、ちょっとだけ涼しいような気がしました。

 飯田の7月中旬の1日ごとの最低気温、最高気温、平均気温をまとめてみました。カッコ内は観測史上の高いほうからの順位です(10位以内。最低気温と最高気温の統計は1897年11月から、平均気温の統計は1910年から)

最低気温最高気温平均気温
11日21.133.025.0
12日22.129.924.3
13日21.732.726.6
14日23.835.928.1
15日23.836.729.0
16日24.137.3(4位)29.3(5位)
17日25.6(1位)36.429.6(2位)
18日25.1(3位)36.629.9(1位)
19日25.4(2位)35.429.4(3位)
20日24.3(7位)34.628.9

 12日までは西日本豪雨の余波で雨や曇りでしたが、13日から晴天が続き、14日から顕著な高温となりました。
 熱帯夜の出現だけでなく、1日の平均気温も観測史上最高を更新していました。新記録は18日の29.9度で、30度寸前でした。最高気温は、ランキングでは16日の37.3度が4位に入っているだけですが、14日から19日まで6日連続の猛暑日(35度以上)でした。しかし、それ以上に、最低気温や平均気温に今年の高温の異常さがはっきりと現れています。
 飯田で1日の平均気温が29度以上になったのは観測史上14回しかなく(2018年7月20日現在)、そのうちの5回がこの7月中旬に現れたことになります。

 熱帯夜がないことは飯田のひそかなアピールポイントの1つだったのですが、もう使えません。1日の平均気温が30度以上という日が出現するのも、もう時間の問題かもしれません。

 わが家にも一応エアコンがありますが、今までほとんど使ったことがなく、扇風機だけで暑さをしのいでいます(天竜川の川風が吹くので、何とかなっています)。しかし、今回のような異常高温の日は、エアコンを使うことも考えなければいけませんね。

 (おまけ) 飯田の最高気温の観測史上1~3位は、①37.7度(1942年8月2日)、②37.6度(2007年8月16日)③37.4度(2001年7月24日)。飯田で猛暑日が最も多かったのも1942年の16日(2番目は2001年と2013年の13日)で、今回改めて調べてみて、太平洋戦争が始まって最初の夏は、温暖化進行中の現在をも上回るとんでもない猛暑だったことが分かりました。

ジャガイモ収穫、そして夏野菜の季節

17071001 7月初めの梅雨の晴れ間、ジャガイモを収穫しました。1.5坪ほどの小さなジャガイモ畑ですが、コンテナいっぱいの収穫がありました。
 わが家ではジャガイモは春のお彼岸に植えると決めています。春一番の畑作業です。だいぶ暖かくなり、その頃にはもう芋からかなり芽が伸び始めています。
 今年はその後、4月が低温、6月が空梅雨で、あまりよく育ちませんでしたが、収穫はまあまあ。先に枯れ上がった茎と葉を片付け、畝を掘り起こすと、ごろごろと芋が出てきました。楽しい収穫です。

 大きなものは大人のこぶしより大きくなっています。小さなものは直径3cmに満たないものもありますが、残らず収穫します。小さな芋には大事な使い道があります。
 小さな芋は、まず茹でて皮を剥き、それからフライパンで味噌をからめながら炒めます。簡単にできて、これが絶品。ビールにも日本酒にも合います。それも掘りたての新ジャガなので、もう最高です。大きな芋を茹でて皮を剥いてから小さく切っても同じようなものができる訳ですが、真ん丸の小さな芋で作るほうがおいしいのです。

 下の写真は、まかぬ種(畑に埋めた生ゴミ)から生えたカボチャ。うちの畑はなぜかカボチャがよく育ち、大きな葉が生い茂ってたくさん実がなります。
 他の夏野菜も、6月後半に気温が上がって雨も降ったおかげで、やっと元気に育ち始めました。キュウリは採れ過ぎても困るので3本しか植えていませんが、もう毎日2~3本採れます。多くの家が家庭菜園を持っているので、この辺では夏になるとスーパーのキュウリは1本10円になります。
 ナスもトマトもピーマンも採れ始め、里芋、ニンジン、トウモロコシ、枝豆も順調。スイカも実がつきました。

小梅を漬ける

17052501_2 茶摘みが終われば梅取りの季節です。この地域で多く作られているのは小粒品種の竜峡小梅で、もっぱら梅漬けにします。よくコンビニの弁当に入っている、あれです。

 わが家の庭には1本あるだけですが、それでも毎年、数kgの実がなります。今年は4kgほど収穫。そこから鳥につつかれて傷がついたり、小さ過ぎる実はよけて、2kgを使用。1.5kgをカリカリ漬け、残り0.5kgを梅酒にしました。

 出来上がりが楽しみです。

鉄板で製茶してみる

 長野県南端、静岡県境の天龍村と遠山郷(飯田市上村・南信濃)はお茶の産地です(あと県内では木曽谷も)。気候が温暖で向いていることに加え、傾斜地を有効に活用できるので、昔から多く作られてきたのでしょう。天竜川を眼下に見下ろす天龍村中井侍地区の急傾斜の茶畑がよく新聞やテレビのニュースに取り上げられます。

 このあたりで茶摘みが始まるのは例年5月の大型連休の後半くらいからで、だいたい八十八夜(立春から数えて88日目、今年は5月2日)の後になります。今年は3~4月の気温が低かったために若葉の生育が遅れ、5月中旬からになりました。

17051501 これらの地区から外れた飯田市中心部あたりでもお茶が作られていることがあり、小さな茶畑も見られます。わが家では茶畑はありませんが、生け垣の一部がお茶の木で、自家用の足しにするくらいの葉は摘むことができます。以前は20kg以上の生葉を摘んでいました。高級品を作るなら本当に若い芽だけを摘みますが、自家用で品質は二の次なので、そこそこ大きくなった若葉を摘みます。

 茶摘みはいいとして、問題は製茶です。以前は近くに製茶工場があり、そこに持ち込んで製茶してもらったのですが、何年も前に閉鎖してしまい、その後は車で1時間ほどかかる遠山郷の製茶工場に持ち込んでいました。それも面倒ということで、この2年ほどは茶摘みをしなかったのですが、今年は4kgほど摘んでみました。さて、それをどうしたものか。思い切って自家製茶をやってみることにしました。失敗しても元々ですから…

 ホットプレートで製茶できるという話はネット上で知っていて、やってみたことがあります。しかし4kgという量になると、少量ずつに分けたとしてもホットプレートではやり切れません。
 そこで「なんちゃって焙炉」を作ることにし、フレームに金網を張り、その上に紙を張って、下でストーブをたいて製茶してみました。何しろ初めてで、知識も技術もないのだから、上手くいくわけがありません。それでも、それなりにお茶のようなものはできました。
 技術以前の失敗が2つ。1つは生葉を長く蒸し過ぎたこと。もう1つは製茶の温度が少し高過ぎたこと。これらは調整すれば解決できそうです。やってできないことはないでしょう。

 しかし、1回ごとに紙を張り替えなければならないことに気がついて、面倒になりました。それに何より、このやり方は危険です。ストーブの上方は十分に物が燃える高温です。茶葉が湿っているうちは燃えませんが、からからに乾いた状態になればあっという間に火がつきます。洗濯物をストーブの上で乾していると火事になるのと同じです。危険なのでこの方法はお勧めしません。

 他に方法がないかと考えた結果、ホットプレートでできるのなら鉄板でもできるだろうと考え、安直にフレームの上に焼肉用の大きな鉄板を置いて製茶してみることにしました。
 …その結果、上手くいきません。香り高い煎茶などはとても無理。何とかできたとしてもせいぜい、ほうじ茶のようなものが関の山です。もちろん鉄板の温度や技術などの問題はあるでしょうが、それだけではない感じです。型枠に和紙を張った伝統的な焙炉がいかに優れた道具なのか、思い知る結果になりました。

 この地域では昔は製茶も多くの家で行われていました。和紙を張った焙炉を使う手揉み製茶です。この地域では昔は和紙も炭も多く作っていたので、みんな地元産で間に合っていたわけです。
 母の話によると、母の父は手揉み製茶が上手だったそうです。残念ながら母はその技術を受け継いでいないので、どんなやり方をしていたか分かりません。道具も残っていません。焙炉が残っていれば良かったのですが、残念です。

飯田周辺の銘桜―その4

 飯田中心市街地の銘桜が次々に開花しています。明日9日の日曜日はまだ少し早いかもしれませんが、来週あたりが見ごろになりそうです。
 今回は一本桜以外のいわゆる花見の名所を紹介します。

<大宮通り桜並木>写真右
17040801 昭和22(1947)年4月の飯田大火の後、防火都市づくりの一環として、市街地を大きく「田」の字に区切るグリーンベルトが設けられました。そのうち飯田動物園から大宮諏訪神社にかけて南北にのびるグリーンベルトが並木通りで、その南半分が飯田市のシンボル「りんご並木」、北半分が「大宮通り桜並木」です。現在の飯田のソメイヨシノ観測の標準木はこの桜並木の中にあります。
 桜並木は約700mの間に約150本の桜があります。なかでもロータリー交差点から大宮諏訪神社までの部分は中央分離帯だけでなく道路両側の桜も大きく育っており、開花時は花のトンネルになります。
 南端の人形時計塔付近のエドヒガンが最も早く開花し、この桜は最近「吾妻一番桜」とも呼ばれるようです。そこから北へと開花が進むため、比較的長い間、並木のどこかが見ごろになります。盛りを過ぎた後の花吹雪も風情があります。
 この桜並木をコースに入れつつ、「安富桜」、「桜丸の夫婦桜」、「黄梅院の紅枝垂れ桜」、「正永寺の枝垂れ桜」、「専照寺の枝垂れ桜」、「清秀桜」などの銘桜をめぐって散策するのがおすすめです。
 秋の紅葉や枝に雪が積もった冬の景色も美しく、「りんご並木」ともども四季それぞれの景色を楽しんでいただきたいところです。
 9日は午前9時から午後3時まで桜並木一帯で「桜祭り」が催されます。

<今宮の桜(城山の桜)>
 飯田市今宮町4の今宮郊外八幡宮や今宮球場の周辺には約千本の桜があるといわれ、中心市街地からも近い花見の名所になっています。昭和22(1947)年4月の飯田大火の後、この一帯に仮設住宅が建てられ、そこで暮らした市民たちがお礼に桜を植えたといわれています。
 背後の丘陵は城山と呼ばれ、かつて飯田工業高校があり、現在は「かざこし子どもの森公園」となって多くの市民でにぎわう憩いの場所になっています。こちらの公園には広い駐車場もあり、家族で公園で遊びがてら花見を楽しむのがおすすめです。

<飯沼石段桜>
 飯田市上郷にある飯沼諏訪神社の長い石段の両脇には、推定樹齢120~150年といわれる山桜など数十本の桜があり、開花時には桜のトンネルになります。
 飯沼諏訪神社のことは昨年、「飯田周辺の御柱祭(中)」の記事で紹介したとおり、段丘先端の城跡に建てられた神社で、段丘崖に300段余りの石段が設けられて表参道になっています。
 飯沼神社の桜として昔から近隣住民に親しまれてきました。「飯沼石段桜」という名称が付けられたのは近年です。
 例年の見ごろは4月上旬。駐車場は神社周辺にはないと思ってください。神社裏側にあたる段丘上の上郷体育館あたりの駐車場を利用し、高陵中学校の北側の細道を抜けて境内に入る道がありますが、分かりにくいかもしれません。

<松川プール>写真右
17040803 飯田市鼎中平の松川右岸と、その脇にある松川プールの周辺には多くの桜が植えられており、昔から近隣住民に親しまれてきた花見の名所です。
 現在は鯉が泳ぐ大きな池ですが、元々は松川から水を引き込んでつくったプールで、小中学校の体育の授業などで使われていました。プール周辺にも松川堤防にもかなりの古木が立ち並んでいます。堤防沿いの桜の名所は他にもありますが、池などの水場の近くにある桜の名所はこの地域では珍しい存在です。
 例年の見ごろは4月上旬。

<佐倉様の桜>
 飯田市北方の佐倉神社の周辺には推定樹齢200~250年の枝垂れ桜4本を中心に多くの桜があり、昔から花見の名所になっています。
 佐倉神社は地元では「佐倉様」と呼ばれ親しまれています。国道153号の飯田インター西交差点から、インターと反対方向の山側の細道に入り、急な斜面をずんずん上っていった先に、駐車スペースとなる広場があります。神社はこの広場からかなり上った場所で、近くを信濃路自然歩道のルートが通っています。背後にある笠松山の登山口もこの近くです。
 桜があるのは広場周辺で、この広場から神社にかけては眺望がよく、南アルプスと伊那谷を一望に見渡すことができます。元旦早朝、ご来光を拝むためにここに上ったこともあります。
 例年の見ごろは4月中旬。駐車スペースはそこそこあります。

<大西公園の桜>写真右
17040805 大鹿村大河原の大西公園にはソメイヨシノを中心に約120種、約3千本の桜が植えられています。公園から小渋川上流方向に見える山は、まさに南アルプス赤石岳。満開の桜ごしに残雪の赤石岳を望むロケーションは、ここでしか見られない秀景です。
 昭和36(1961)年6月に伊那谷を襲った集中豪雨(三六災害)で大西山の山肌が大崩落し、小渋川の濁流を巻き込んだ土砂が対岸の集落をひと呑みにして42人もの犠牲者を出しました。途方もない大量の土砂は取り除きようもなく、そのまま小山となって残りました。背後の大西山には今も崩落の跡が生々しく残り、土砂によって小渋川の流れが変わったことも見て取れます。
 その大災害の傷跡に、犠牲者の鎮魂のためにと桜を植え始めた村民があり、荒涼とした土砂の山はいつしか一面の桜におおわれていきました。次第に村も公園として整備に力を入れ、桜の名所として全国的にも認められる公園になりました。「日本さくらの女王」も何度かこの地を訪れています。
 「三六災害」から今年で56年。桜の樹も大きく育ち、見事な桜の公園になりました。開花期前後には売店がオープンします。15日午前10時から午後3時半まで「大鹿さくら祭り」が催され、開会セレモニーで第11代「大鹿さくらの女王」のお披露目があります。
 例年の見ごろは4月中下旬。松川町中心部から車で40分ほど、飯田市中心部からだと1時間ほどかかります。公園入口まできれいに道路が整備され、広い駐車場があります。

 「大鹿歌舞伎が国重要無形民俗文化財に」の記事で紹介したとおり、大鹿村の大磧神社では5月3日に「大鹿歌舞伎・春の定期公演」があります。その前の4月29日には上蔵の信濃宮で、宗良親王をしのぶ「李花の祭り」も催されます。
 今まで書き忘れていましたが、大鹿村は平成17(2005)年に発足した「日本で最も美しい村」連合のオリジナルメンバー(全国7町村)の1つ。日本の原風景の自然と風土をたっぷり残しています。

   ☆   ☆   ☆

 まだ続く予定でしたが、4月中旬にひどい花散らしの雨が降って、あまりお勧めできる状態ではなくなってしまったので、今年はこれで打ち切り。続きはまた来年。

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